Kiss for witch

ibis

7話

「──おはよー、星宮さん!」
「おはようございマス! 今日もイイお天気デスよ!」
「星宮ちゃん、英語の課題教えてくれない? 全くわからなくてさー」
「もちろんデス! どこデスか?」

 ──朝のホームルーム前。一年四組の教室。
 金髪青瞳の少女を中心に、女子の集まりができている。

「──どうですか? いますか?」
「あァ。しかしィ……女だなァ。てっきり男かと思っていたんだがァ……」

 そんな教室を覗き見る、二人の人影があった。夜行と雲雀だ。

「それで……どうやって声を掛けますか? それとなく、放課後に部室へ誘いますか?」
「あァ……ちょっと待ってろォ」
「あ、え? ちょ、ちょっと? 百鬼くん!」

 観察をめ、夜行が一年四組の教室に足を踏み入れた。
 突然現れた不良の先輩に、教室内の視線が一斉に夜行へ集中する。
 ──口の中を、不愉快な感覚が支配する。
 なんかこう……ぬるくてヌメヌメしたような、不愉快な何かを食べているような感覚だ。
 自身に向けられる感情を無視して、夜行はノアの前に立った。
 人殺しのような不良を前に、ノアは臆する──事なく、人懐っこい笑みを浮かべる。

「オー……アナタも金髪デス! お揃いデスね!」
「お前が星宮 ノアだなァ?」
「ハイ! その通りデス! アナタは……センパイデスよね? ワタシに何かご用デスか?」

 ニコニコと笑うノアを見て──夜行は、本題を切り出した。
 ただし──日本語ではない。

「──Bist du eine Hexe?」
「─────」
「え、えっ? 百鬼くん、今なんと……?」

 いつの間に教室に入ったのか、夜行の背後で雲雀が不思議そうな声を上げる。
 ──ドイツ語。
 周りにいた女子生徒は、夜行の言葉を理解できずに首を傾げるが──ノアだけは、その顔から笑顔を消して言葉を返した。

「……Ja ist es. Du auch,richtig?」
「Falsch. Ich möchte darüber sprechen. Hast du Zeit nach der Schule?」
「……Verstanden. Wo ist der Ort?」
「Es ist der dritte Stock des Gebäudes der Kulturabteilung. Wie ich bereits sagte, habe ich nicht die Absicht zu kämpfen. 」
「Okay, lass uns glauben」

 会話を終えたのか、夜行が身を返して教室を出て行く。
 事情を呑み込めぬ雲雀が慌てて後を追い、夜行に問い掛けた。

「ちょ、ちょっと百鬼くん!」
「あン?」
「星宮さんと何を──いえ、それは後でいいんです。先ほどの言葉は──」
「ドイツ語だァ。言ってなかったかァ? オレァ日本人とドイツ人のハーフなンだよォ。昨日言っただろォ? オレのお袋はドイツで働いてるってェ。ンで、オレァたまにドイツに遊びに行ってたンだァ。だからまァ、それでドイツ語を覚えたって感じだァ」
「えっ──えぇ?! って事は、百鬼くんの髪の色って──」
「地毛だァ。別に染めてるワケじゃねェ」

 明かされた事実に、雲雀が驚愕に目を見開く。

「いや、ンな事ァ別にどうでもいいだろうがよォ。それよりも星宮だァ」
「あ、そ、そうです。百鬼くん、星宮さんと何を話したんですか?」
「とりあえず、アイツは魔法使いで間違いねェ。ンで、放課後に文化部棟の三階にある空き部室に来るように言っといたァ。戦うつもりはねェとも言っておいたし、向こうもそれをわかってくれたっぽいから、破闇ン時みてェに『魔法大戦闘ラグナロク』を挑まれたと勘違いする事ァねェと思うぞォ」

 階段をのぼりながら、夜行は自分の口元に手を当てた。

「……やっぱ久々に話すと、違和感があンなァ……もう一度、ドイツ語の勉強をし直した方がいいかも知れねェなァ」

 そんな事を言いながら、二人は自分たちの教室へと戻って行った。

───────────────────

 ──放課後。
 文化部棟『学校生活応援部』の扉が、控えめにノックされた。

「どうぞ」

 雲雀の声を聞き、部室の扉が開けられる。
 扉の向こうから姿を現したのは──ノアだった。

「来たかァ……」
「ハイ! 来ましたデス!」

 夜行の顔を見たノアが、パアッと明るい笑みを浮かべる。
 机の上に座っていた夜行が気怠そうに立ち上がり、ノアに近寄る──と、いきなりノアが夜行に飛び付いた。

「ンがっ──?!」

 突然の抱擁に、夜行は避ける事ができず──ノアに抱き付かれ、そのまま数歩後退あとずさった。
 それでも、あれだけの勢いで抱き付かれて倒れずに立っているのは、夜行の体幹があってこそだろう。

「テ、メェ……! 何しやが──」
「Hah……! Ich freue mich, jemanden zu treffen, der zum ersten Mal seit langer Zeit wieder Deutsch spricht!」
「百鬼くん、星宮さんはなんと?」
「……久々にドイツ語を話す奴と会えて嬉しいンだとよォ。つーかいい加減離れろやコラァ……ッ!」

 ノアを押し退け、夜行は苛立たしにため息を吐いた。
 そんな夜行が目に入らないのか、ノアは両拳をブンブンと振って喜びを表現する。

「あーもう、サイコーデス! まさか、ドイツ語を話す人に会えるなんて、思ってもなかったデス! ……オー! そちらの方も可愛いデス!」
「るっせェな落ち着けやテメェ……! ぶン殴って無理矢理黙らせてやろうかゴラァ……!」
「な、百鬼くんも落ち着いてください! 目付きがっ、目付きが人殺しみたいになってますよ?! ほら、深呼吸ですよ深呼吸!」

 青筋を浮かべる夜行を見て、ノアはニコニコと楽しそうに笑う。
 自分と同じドイツ語を話す夜行の存在が、よほど嬉しいのだろう。

「ハッ、自己紹介がまだだったデス! ワタシは星宮 ノアデス! お二人のお名前を教えてくだサイ!」
「……百鬼 夜行だァ」
「鴇坂 雲雀です。あなたと同じ、魔法使いです。よろしくお願いしますね、星宮さん」
「ノアでいいデス! ワタシもヒバリって呼びマス! あ、でもセンパイデスから……ヒバリセンパイ、デスかね?」
「ひ、雲雀でいいですよ、ノアさん……っていうか、それより……」

 ノアの体を見て、雲雀が目を細めた。
 ──ピリッと、夜行の口内に苦味が走る。

「…………でかっ……身長も高いですし……本当に年下ですか、この子……胸とか、メロンでも入ってるんですかね……」

 ──嫉妬と羨望の感情。
 悔しさと羨ましさが入り混じった複雑な感情が、雲雀の体から放たれている。
 と、夜行の視線に気づいたのか、雲雀がバッと夜行に顔を向けた。

「ち、違いますから!」
「あァ?」
「わ、私だって! 私、だって……メロンとまではいかなくても……み、みかんくらいはありますから! け、決してまな板ではありませんから! 破闇さんみたいにぺったんこではありませんからね?!」
「何も言ってねェだろうがよォ」

 というか、刀華はぺったんこなのか。
 そういえば、昨日は体育があった。おそらく、体育着に着替える時に破闇の胸を見たのだろう。

「ってか、お前の胸の話は別にどうでも──」
「どうでも良くないですっ! 百鬼くんは乙女心を全くわかってません! 百鬼くんにとってはどうでも良くても、私にとっては『魔法大戦闘ラグナロク』で生き残る事と同じくらい重要なんです!」
「そうかよォ……」
「アノー……センパイ方、よろしいデスか?」
「あァ──ンじゃ、本題に入るかァ」

 ──ピリッと、空気が張り詰める。
 机の上に座る夜行の放つ覇気に、思わずノアは身を固くした。

「……『魔法大戦闘ラグナロク』……では、ないんデスよね?」
「あァ。朝も言ったが、オレらはお前と戦うつもりはねェ。ってか、オレァ魔法使いじゃねェ。まァ、なンつーかァ……お前に頼みがあって、ここに来てもらったンだァ」
「ワタシに頼み……デスか?」

 夜行の言葉に、ノアは首を傾げた。
 ちら、と夜行が雲雀に視線を向ける。

「……では、続きは私が。私たちは、『学校活動応援部』という部活を作ろうと思っています。ですけど、まだ正式には部活として認められていなくて……」
「そうなんデスか?」
「はい。部活を正式に成立させる条件として、部員が三人以上いる事が絶対なんです。今は私と百鬼くんしか部員がいないので……」
「オー……なるほど、そこでワタシに声を掛けたんデスね?」
「そういう事になります」

 雲雀の説明で納得したのか、ノアが一人で何度も頷く。

「……そうデスね。何かの拍子で魔法使いである事がバレたら大変デスし……だとしたら、部員は魔法使いに関係のある人たちを集めた方がいいデス……」
「の、ノアさん?」
「えっと……一つ、質問をしても良いデスか?」
「は、はい。どうぞ」
「その……この部活は、何をする部活なんデスか?」

 当然の疑問を投げ掛けてくるノアに、雲雀は素早く答えを返す。

「簡単に言うなら、人助けです」
「オー。人助けデスか」
「はい。もう気づいているかも知れませんが、百鬼くんにはとある魔法が掛かっています。その魔法で困っている人を探して、悩みを解決する──そういう感じです」
「ヨルユキに掛かっている魔法はなんデスか?」
「人の感情が味覚でわかるという魔法です。百鬼くんは魔法使いではないんですけど、何故か魔法が掛かっていまして……」
「オー……それはまた、不思議な話デスね……うん……?」

 夜行の体をジロジロと見て、ノアが何度も首を傾げる。

「……オイ、何ジロジロ見てンだァ?」
「……ヨルユキ」
「あァ?」
「ヨルユキに掛かっている魔法って、一つだけデスか?」
「……それァ、どういう意味だァ?」
「なんと言えばいいデスかね……ヨルユキ、かなり複雑な魔法が掛かってマスよ」

 青色の瞳を細め、ノアは夜行の観察を続ける。

「ワタシが見る限り、ヨルユキには三つの魔法が掛かっていマス」
「三つだとォ?」
「ハイ。一つは他人の感情を感じ取る魔法。これはさっきヒバリが言っていた、他人の感情が味覚でわかるという魔法かと」
「残りの二つはァ?」
「……魔法を隠蔽する魔法、デスね」

 ノアの言葉に、夜行と雲雀は首を傾げた。

「魔法を隠蔽する、魔法……ですか?」
「ハイ。その魔法の影響で、三つ目の魔法はわからないデスけど……間違いなく、ヨルユキには三つの魔法が掛かってマス」

 予想外の言葉に、夜行は眉を寄せた。

「……それって変じゃねェかァ?」
「何がデス?」
「魔法を隠蔽する魔法ってのが掛かってンなら、オレの他人の感情が味覚でわかるって魔法も隠蔽されンじゃねェのかァ?」
「隠蔽の魔法で隠す事ができるのは、一種類だけデスので……」
「……オレの隠蔽されてる魔法ってのァ、どンな魔法なのかわからねェンだよなァ?」

 夜行の問い掛けに、ノアは力強く頷いた。

「ハイ。見た感じ、かなり凄腕の魔法使いが魔法を掛けたみたいデスので……一応、強制的に魔法を解除する方法もあるんデスが……かなり時間が掛かると思いマス」
「……あァ? 解除できンのかァ?」
「できマス。かなり時間は掛かりマスけど」

 真剣な眼差しのノア。夜行の味覚にも、嘘の味はない。

「……そ、それで……ノアさん。その……部活の方には、入部していただけますか……?」
「オー! もちろんデス! ワタシ、魔法使いの友達なんて初めてデス! よろしくお願いしマス!」
「うわっぷ?! よ、よろしくお願いしますね」

 雲雀に抱き付き、明るく笑うノア。
 ノアの入部が確定し、ようやく気が緩んだのだろう。雲雀の肩から力が抜けた。

「……ンじゃ、ようやくこれで部活を成立する事ができるンだなァ?」
「はい! ノアさん、早速で申し訳ないのですが、入部届を書いてもらえますか?」
「ハイ! もちろんデス!」

 張り切る雲雀と、入部届を書くノア。
 そんな二人から視線を逸らし、夜行は窓の外へと目を向けた。
 ──今まで、他人の感情を感じ取る力のせいで、散々な目に遭ってきた。
 正直、こんな力なんて無ければ良いと思っていた。言っている事と考えている事の違いに頭が痛くなるだけの、迷惑な力だと思っていた。
 だが──雲雀が、この力の使い方を教えてくれた。この力を貸して欲しいと言ってくれた。
 その言葉が、夜行にとってどれだけ胸に響いたか──おそらく、雲雀は知らないだろう。

「こンな力でも、誰かの役に立てるンなら──あァ、悪い気はしねェ」

 これからの生活に対する期待を胸に、夜行は小さく笑った。

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