二度追放された冒険者、激レアスキル駆使して美少女軍団を育成中!

南野雪花

閑話 魔王とオカン

 ピラン卿ザックラントとの謁見も滞りなく終わり、魔王イングラルは満足の吐息をついた。

 謁見に先立って秘書のミレーヌから報告は受けていたが、想像していた以上の大人物である。
 戦を嫌い、民を愛し、何より命の大切さを知っている。

 こういう人と縁を結べたのは、まさに僥倖というもの。
 その点に関してだけは、宝物庫から支配の宝珠を盗み出したギューネイを褒めてやりたいくらいだ。
 もちろん称揚などしないが。

 奴が利用するだけ利用して死なせた小間使いの少女がいる。前途ある若者だ。無為に散らせて良い命ではない。
 責任は、きっちりと取らせなくてはならないのだ。

 生かしたまま捕らえているため、政治的な使い道もある。
 車裂きでも火あぶりでも、魔王の意志に逆らったものがどうなるか、充分な見せしめにできるだろう。
 たとえ元老のひとりであっても。

「陛下。客人たちはすでに会議室で待っております」
「わかった。すぐに向かおう」

 廊下を歩きながらのミレーヌの言葉に、イングラルが頷いた。

 ギューネイを生け捕りにした人間の冒険者たちである。
 かなりの出来物できぶつだという話を、秘書からもピラン卿からもきいた。
 若い娘ばかり四人も引き連れた優男らしいが、英雄色を好むという雰囲気ではないらしい。

「むしろお母さんですね」

 というミレーヌの説明は、まったく意味不明だったけれども。
 しかし会議室が近づくにつれて、魔王にも判ってきた。
 漏れ聞こえてきたから。

「アスカ。ちゃんと座っていなさい」とか。
「ミリアリア。そんなにガチガチにならなくて大丈夫だからね」とか。
「メイシャ。今のうちにお菓子を食べておけ」とか。
「メグ。調度品を物色しない」とか。

 なんというか、場違いなほど庶民的というか家庭的な感じの声が。





 お母さんだった。
 ほかに表現のしようもなく、子供を叱ったり心配したりするお母さんだった。
 どうしてきみはエプロンをつけていないのか、という問いを、イングラルは苦労して飲み込んだものである。

「お初にお目にかかる。俺はイングラルだ。ラクにしてくれ」

 国王という言葉も、予という一人称代名詞も使わずに挨拶し、起立で出迎えた客人たちにイングラルは着席を促した。
 会議用の円卓を挟んで、彼自身も腰掛ける。

「お目にかかれて光栄です。私はライオネル。『希望』クランを預かっております」

 ライオネルも名乗り、アスカ、ミリアリア、メイシャ、メグの四人を紹介する。
 軽く頷きつつ、魔王は内心で舌を巻く。
 一瞬で彼の意を汲み、きっちりと合わせてくるライオネルの明敏さに。

 マスル王国の国王としてリントライト王国の冒険者を称揚することはできない。敵国人だからだ。
 だから一個人として謝意を伝える。
 そういうスタンスだと、もちろんミレーヌから説明を受けているだろう。

 しかし、一国の元首を目前にして、王として扱わないなんて芸当ができる人間はけっして多くはない。

 だからイングラルとしては、「初めて御意を得ます」なんて言われたとしても笑って流すつもりだった。
 ここにいるのは個人としてのイングラルだ、という説明をもう一度することになるだろうと思っていた。

 だがこのライオネルという男は、短い挨拶からするりとイングラルの意図を読み取って、ちゃんと合わせてきたのである。

「やるなあ。こういう軍師を近くに置くことができる英雄は幸福だ。一を言えば十を理解して十五に増やした提案をしてくれる。提案に頷いているだけで組織は成長していくだろう。まさにデキるオカンというやつだな」

 とは、魔王の内心の声だ。

 もちろん彼は、ライオネルが二十年来の親友に疎まれて追放されたことなど知らない。
 どれほど優れた軍師でも、それを使いこなせない英雄もいるのである。

「諸君らの活躍には感謝してもしきれない。謝礼を金銭で済ませる無作法を、どうか許して欲しい」
「正義は人それぞれだが金銭の価値は誰でも一緒、などという言葉もあります。どうかお気になさいませんよう」

 ふたたびの上手い切り替えしだ。
 ライオネルは、マスル王国のありようを肯定してみせたのである。
 具体的な言葉は一切用いずに。

 ほしいな。この軍師。
 魔王イングラルの人材収集欲がむくりと鎌首をもたげた。

 状況判断が的確であり、そのうえ、ギューネイが率いたモンスターたちを少数の兵で打ちのめしてのけた指揮力もある。
 在野においておくには惜しい人材だ。

 ただ、いまは個人としての会見なのでスカウト活動はできない。
 それに、ザックラントという心強い同志を得たばかりである。
 これ以上を望むのは、いささか欲が深いというものだろう。

「せっかくマスルを訪れたのだから、ゆるりと王都見物でもしていくといい。滅多にない機会だろうし」

 残念さを胸の奥に閉じ込めて笑う。

「ぜひそうさせていただきます。王都リーサンサンの賑わいは車窓からも見えておりましたから」

 快活にライオネルも笑みを返した。

「サリエリに案内を頼むと良い。あいつも諸君らのことは気に入っているようだし」
「ご迷惑ではありませんか?」

 大丈夫だ、と、手を振りながら魔王は考えていた。
 サリエリにライオネルが籠絡されたら、マスル王国の人間になってくれるかな、と。

 いや、さすがに期待薄か。
 あの寝惚け顔に女性としての魅力を感じるかどうか、かなり疑問だもの。

 自分のアイデアに落第点をつけるイングラルである。


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