二度追放された冒険者、激レアスキル駆使して美少女軍団を育成中!

南野雪花

閑話 狼に墓標はいらない 2

 冒険者ギルドに併設された治療院は、ギルドに登録している冒険者であれば無料で利用することができる。
 そのための安くない協賛金だ。

 ただ、利用者そのものは多くはない。
 冒険者が怪我をするなどという事態は、たいてい戦場だったり迷宮だったり遺跡だったり、死に直結するような場面だからだ。

 そんなところで入院が必要なほどの怪我をしたら、そもそも街まで生きて帰ってこられない。
 その意味では、フィーナという女は幸運だった。

 負傷した場所がガイリアの街の大通りで、冒険者ギルドも至高神教会も至近にあったため、素早い応急処置が可能だったのである。
 そうでなければ死んでいるほどの大怪我だ。右腕を肩からばっさりと落とされるというのは。

 ただ、命が助かったからといって万々歳というわけにはいかない。
 利き腕を失うというのは冒険者としては死んだも同然だから。

 ギルドも鬼ではないので、まともに動けるようになるまでは世話をしてくれるだろうが、それで終わりだ。
 身の振り方はフィーナ自身で考えなくてはならない。

「考えるっていってもね……」

 月明かりだけが差し込むベッドで、女は独りごちる。

 事件から三ヶ月。
 身体は快方に向かっているが、先の展望はまったく立っていなかった。

 冒険者を続けるのは難しい。かといって片腕のない女を雇い入れてくれる場所はそう滅多にない。たとえ娼館みたいな場所でも。

 本来であれば加害者に今後の生活の保障をさせるべきなのだろうが、とうの犯人は監獄に繋がれて強制労働中である。
 金の出てこようがない。

 やつが持っていたクランの本拠地も、借金の形に金貸しに差し押さえれた。
 まったくの八方塞がり。

「死ぬしかないか……」

 陰性の思考が支配する。
 痛み止めの麻薬が効いているため、思考力が削がれてしまっているというのもあるだろう。

 ふと頬に夜風を感じる。
 視線を転じれば、いつの間にか窓が開いていた。
 そして窓際に立つ人影。

「ルーク……」

 かつて愛した男である。
 月明かりに映し出された顔は、ずいぶんとやつれたように見えた。

「あたしにとどめを刺すために脱獄してきたの?」

 フィーナの口から出たのは、悲鳴ではなく問いかけだった。

「今後の生活費の……足しにして欲しい」

 返ってきたのは答えといえるようなものではない。
 ベッドの上に置かれる革袋。
 硬貨がぶつかる音がちゃりんと響く。

「とてもお前を一生養える額ではないが、二百入ってる」
「……がっかりよ。ルーク」

 フィーナの黒瞳には昏い炎が灯る。

 傷つけたことに責任を感じて金を届ける?
 こんなことをして何になるというのか。
 彼女の失われた右腕が生えてくるとでも?

「あたしを恨んでいるでしょう? 殺しなさいよ。なに許されようとしてるのよ」
「フィーナ……」
「あなたは親友を切り捨て、仲間たちに捨てられ、そして恋人を殺した男として生きるのよ。これからもずっと」

 女の唇が半月を描く。
 魔女の笑みのように。

 次の瞬間、ルークは動いていた。
 手にした長剣がフィーナの身体を貫く。この上なく正確に、心臓を。

「もう喋るな。頼むから」

 耳元でささやく声。
 なにかを求めるようにフィーナの左手がさまよう。

「地獄で待ってるわ……ルーク……」
「ああ。俺もすぐにいくから」

 ゆっくりと遺体を横たえ、彼は入ってきた窓から外へと身を躍らせた。

 まだやることが残っている。
 恩着せがましく、コネを使ってまで釈放してくださった親友さまに、まだ礼を言ってない。

「ありがたいご恩だ。とても恩では返せそうにないぜ。ライオネル」

 呟いた口から犬歯が覗く。
 まるで餓狼のように。






 一撃で首を刎ねられた男が、噴水のように血を吹き出しながら倒れ込む。

「この程度の腕で裏社会を牛耳っていたのか。お笑いぐさだな」

 ぶんと剣を振って血糊を飛ばし、ルークが片頬を上げた。

 ガイリアの裏町。
 単身で盗賊団のアジトに乗り込んだ彼は、頭目の座をよこせと言い放った。

 むろん、はいわかりましたと肯んじる者などいない。
 怒声とともにチンピラどもが襲いかかってくる。
 しかしそれは、ものの数瞬で全滅した。

 圧倒的な強さ。

 これが、孤児でありながら数え十二(満十一)歳でクランを立ち上げ、わずか十年でガイリア有数の名門にまでのし上がった男の実力である。

 ルークの驍勇ぎょうゆう、ライオネルの知謀、このふたつが両翼となって『金糸蝶』を高く高く羽ばたかせたのだ。

「さあ、お前らのボスは死んだぞ」

 ぐるりと周囲を睥睨し、ルークは唇を歪める。

「俺の下につくか、ここで死ぬか。さあ、選べよ。そんなに難しい質問じゃないだろ?」

 一斉に降伏するチンピラども。
 しょせんは社会に巣くうダニである。命がけで頭目の仇を討とうなんて気骨があるわけもない。

 強い者に頭を垂れる。
 それが彼らの処世術だ。

「ゴミばかりだが戦力は戦力だ。ライオネルとやり合うには手駒がないとな」

 内心に呟いて、ごくわずかに微笑する。
 もう友としてあいつと会うことはできない。そのつもりもない。
 しかし、敵としてまみえることはできる。

「たのしみだなぁ。ライオネル。ガキの頃からケンカは決着がついたことはなかったけど、ついに判るぜ。どっちが強いか」

 哄笑とともに頭目だった男の首を蹴り飛ばす。
 楽しくてたまらない、という表情で。

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