ブアメードの血

キャーリー

67

 岡嵜零と有馬マリアは焦っていた。


 零はこの場所で、何度も監禁した者を見下して講釈を垂れてきた。


それが、今、その内の一人、一志に同様の目にさらされている。


信じられない話をぶつけられて。




「だから、俺はあんたの前の旦那の息子、それはある意味、あんたの義理の息子ってことにもなるのかな?」


一志は池田とは対照的に嫌みなく、穏やかに言った。


「――そして、有馬さん、貴方にとっては血の繋がった本当のお兄さん…ってことね、異母兄妹ではあるけど…」


静が補足した。


「え?」


一志が静の言葉に驚いて振り向いた。


「ば、馬鹿な…そんな…」


と同時に、零はしわがれ声をさらに掠れさせて言った。


「やっぱり、知らなかったか。


嘘だと思うなら、お前らお得意の遺伝子ってのを、調べてみたらどうだ?」


今度は池田がそう言って、少し満足そうな顔をした。


マリアは口をぱくぱくして、何も言えずにいる。


知らなかった中津も壁から背を浮かせ、唖然とした表情を浮かべていた。


「思い当たることはなかったのか。


一志君を見て、旦那に似てるところがあるとか、何も感じなかったのか?」


池田の言葉は図星だった。


「一志君は累に似ていた…でも、何かひっかかりを覚えていたのはそういうこと…


確かに恒が累と別れてすぐに生まれた…では、あれは聞いていた早産ではなく、恒との…


逆算すれば、確かにおかしくはない…」


そう言って零は観念し、涙を流した。


「何、ママ?認めざるを得ない…ってこと?」


やっと口を開いたマリアはうなだれ、その場にへたり込んだ。


「お母さんも認めてるようだ」


池田の追い打ちに、マリアも泣き始めた。


声を上げて、子供のように。




 その様子を見て、池田は溜飲を下げた。


<親父、仇はとったぞ。お袋も…な。


――考えてみれば、親父が行方不明になってなければ、俺は探偵になってなかった…


例え、なっていたとしても、家族の行方がわからなくなった者の気持ちなんかわからず、静ちゃんの依頼を突っぱねていただかもしれない…


そもそも、静ちゃんがうちの事務所に来たのだって奇跡…


偶然と言ってしまえばそれまでだが、これはそれ以上の、運命って奴なのかもしれないな、ありきたりの表現だが…>




 池田と岡嵜親子のやり取りの間に、一志は静から、マリアはマリヤの遺伝子を使って生まれた存在、ということを聞かされた。


「知らなかった…俺にもう一人、妹がいたなんて…」


「私もまさか、友達がある意味、姉妹だったなんて、思いもしなかった」


 そう話している佐藤兄妹の方に池田は振り向き、泣いている岡嵜母娘に視線をやって目配せすると、これで終わり、とばかりに頷いた。


佐藤兄妹も無言で頷く。


「取りあえず、ここを出ましょうか。


本当は殺してやりたいくらいだが、それよりもひどい思いをしているようだ。


こいつらにはもう、何もできないでしょう…」


そう言って、三人に引き返すよう、手振りで示した。




池田に促されて、一旦、動きかけた静が歩みを止めた。


「あなたたちには…人の心がないのかと思っていました」


岡嵜母娘の方に向き直った静は、池田たちの方からは見えなかったが、泣いているのか、少し涙声が混じっていた。


「あなたたちのせいで、世界中の罪のない人達が、どれだけ亡くなり、今もそれが続いていることか…


そのとてつもない大きな悲しみと痛みを、少しは理解することが、今のあなたたちになら、できるんじゃないんですか。


知らなかったとは言え、自分たちの家族を傷付けてしまって、そんなに涙を流している、今のあなたたちになら」




「それなら、俺も」


一志が話し始めた。


「さっき言えなかったけど、親父が発表した原始のウィルスの名前、知ってるだろ?


パームウィルス。


それは、パーマネントの頭文字から取って名付けた、って言ってた。


ウィルス名は四文字しか使えないからって。


パーマネントって、髪の毛のことでもないのに何でって、今思えばバカな質問したら、親父はね、こう言ったよ。


パーマネントには恒久の意味がある、あんたの旦那さんの名前、恒に久しいって字の”こうきゅう”ね」


池田が恒久の意味を早速、中津に訊こうとするのを知ってか知らずか、一志は補足した。


恒の名が出た時、零の動きが一瞬止まったように見えた。




「親父は、恒さんを論文の共同研究者だって発表したかったらしいんだけど、学会を追放された者の名前を載せる訳にもいかず、なんで、せめて、わからないようにウィルスにその名を付けたんだって。


よくあることなんだろ?発見者の名前を付けることって。


表向きは、何億年も変わらず残っていたことから、って意味で通したらしい。


内緒の話で、特にお袋には、とも言われていたが、親父の名誉のためにも言っておくよ。


決して、恒さんの研究を奪った訳ではないって」




「では、私からも言わせてください」


そう言ったのは、中津だった。


「あなた方のしたことは、絶対に許されないことです。


本来なら、捕まえて警察に引き渡すところ。


でも、こんな世界になった以上、そうすることも敵わない。


ならば、私刑として、私がこの銃で撃ち殺してやりたいくらい。


それなのに、当の一番の被害者やその家族である、一志さんも、静さんも、所長でさえ、あなたに言葉をかけるだけで、そうしようとしません。


私も怒りを抑えて、慎みます。


そうやって、泣いているということは、少しは反省しているということでしょうから」


泣き続ける零とマリアから、返事はなかった。




 四人は重い足取りで上のリビングへと戻った。


「しかし、しけいって、お前、過激だな」


「もしかして、死を与える刑罰の死刑って思ってます?」


「違うの?」


「結果的には、同じことなので、どうでもいいですけど」


そんな会話と共に。

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