ブアメードの血

キャーリー

31

 有馬マリアは悩んでいた。


これから、どうするか。




 池田に連絡してからずっと、坂辻は『ゾンビにしてみた』の動画を見ている。


いつ、発症してもおかしくない。


流れでつい全部見せてしまったが、別に坂辻をゾンビにしたい訳でもない。


むしろ、予定では一緒に逃げようとしていたくらいだ。


かといって、動画をこれ以上見るな、とも言えず、時間が流れるに任せていた。




 さっきから、背後の机の上からマリアのスマートフォンが着信をバイブで知らせてきている。


<きっと、探偵さんを殺ったっていう報告でしょ、それより…>


マリアは無視する。


「出なくて、いいのか」


「きっとママからだからいいよ。


それより、こうしていたい」


「でも、お前の言ってること、なんかわかる気がするな」


「え?」


「さっきのオカルトの話。


俺も昔、思ってたんだよ。


なんで光より速く動けないんだ、って。


別に、一秒に百万キロ動けたって、それこそ一億万光年動けたっていいのに。


って、子供の頃の発想だけどな、はは。


それに、光の速さに近づくほど、重さが増えて時間が遅くなるってのも、未だに全然意味わかんないし。


それをお前の言うように、ゲームに例えると、ゲームって速く動かそうとするほど、処理落ちして動きが遅くなるじゃん。


それと同じかな、光速って。


この世界っていうVR作ってるCPUの限界の一つなのかも」


「そうそう、さすが、つー君!


ボクの言いたかったことそれよ、大好き、つー君」


マリアは坂辻を強く抱きしめた。


「ああ、なんか熱っぽい、やばいかな、ほんとに」


「それ、ボクのせいじゃない?」


「バカ言え、明日、病院行ってみるよ…


ん?お前これ…!?」




タブレット端末をいじっていた坂辻が声を上げた。


「何?」


「何って、お前、自分のトイッテーにさっきの動画のこと上げてるじゃないか!


何考えてるんだ!」


坂辻はマリアの気付かぬ間に、トイッテーにアプリを切り替えて見ていた。


「え~、勝手に見ないでよ。


いいじゃん、おもしろそうだったから…」


「おもしろそうじゃねーよ!


さっきから言ってるだろ!


俺らがやばいことになるって!


わかんないのか!」


「もー、そんなに怒鳴らなくてもいいじゃない」


「怒るだろ!普通…」




その時、今度は坂辻のスマートフォンの着信音が鳴った。


マリアが振り向いて、画面を見る。


「非通知だよ、どうする?」


「今はそれどころじゃない!


非通知ならなおさらほっとけ…ううっ、頭が…」


坂辻は怒鳴っている途中に頭を抱えた。


オメガが暴走し始めた証だった。




 それからまた少し時間が経った。


遠くから、パトカーのサイレンの音が聞こえ、窓のカーテン越しに赤色灯の赤い光が見えた。


<やばい、もしかして、ママ失敗したのかな?


…じゃあ、さっきの非通知はもしかして、探偵さん?


なら、早く逃げないと…


それにもう、出ていこうにも、つー君に引き止められたら面倒くさいから、しょうがないかな…やっぱり…>




 マリアは、後ろから坂辻を抱きしめたまま首を絞めた。


「く、苦しい、おま、な、何を!」


突然のマリアの行動に、坂辻は暴れた。


「ごめんね。このゲームが終わったら、そっち行って謝るから。


つー君の言う通り、無の世界に行ってなければ…ね」


マリアは容赦なく、腕に力を込める。




 テーブルに並べて置かれた二人のスマートフォン。


動かなくなった阪辻と対照的に、マリアの方のバイブ音だけが虚しく、また響いていた。

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