クレイオの箱庭

青空顎門

幕間 変革する世界の中で

「あ、あの、アナレス様――」
「サクラか。どうした?」

 心配そうに瞳を揺らして呼びかけてきた少女、サクラ・ミツルギに対し、アナレス・アルキミアは淡々と問うた。

「その、あの人は?」

 その言葉にサクラの表情の意味を合点する。彼女は地獄と化したあの地から拾ってきた少年のことを気にかけていたのだ。

「問題ない。命に別条はなかったし、処置も済んだ」
「そうですか……」

 ホッとしたように小さな胸を撫で下ろすサクラ。
 それから彼女は、一転して強い憤怒に彩られた瞳を向けてきた。
 勿論、その対象はアナレスではない。

「彼も、あの男に家族を奪われたんですね?」
「そうだ。フォルテ・サエクルム。お前の父親を殺した男だ」

 アナレスがそう告げると、サクラの瞳の奥に強烈な憎悪が燃え盛る。
 しかし、だからとこの場でそれに囚われる程、彼女は愚かな人間ではない。

「……この日を以って世界は変わる。私はその中心に彼を据える」

 少年は全てを奪われた。
 そんな彼の内にあるものは、目の前の少女を見れば想像に容易い。
 何故ならば、全てを奪われた者にとってその感情だけが、失われた全てとの繋がりを感じさせてくれるものだからだ。
 その果てに何がなされるか。それは連綿と続く歴史が記す通りとなるだろう。
 その様はまるで過去によって現在が縛られているかのようだ。
 あるいは、今を生きる全ての者の目の前に生じた選択肢は既に過去によって狭められ、与えられたものとも言えるかもしれない。
 歴史となった過去が今に影響を与え、更なる次の歴史を紡いでいく。
 それはさながら全てが定められた道、運命であるかのようだ。
 ならば、過去の上に成り立つこの世界は既に歴史が支配する運命に囚われ、人の選択に人自身の意思はもはや介在しないというのだろうか。

(それは違う)
「実際に彼が何を選択するかは、全て彼の意思次第だ。そして、同じ選択でも違う意思でなされれば、それは異なる意味を持つだろう」

 たとえ過去が選択肢を狭めようとも、その中から最善を掴み取るだけの自由はある。そう信じなければ、今を生きることなどできはしない。

「……アナレス様?」
「サクラ。彼は今やお前と同じ天涯孤独の身だ。お前が彼を支えてやれ」
「は、はい。元よりそのつもりです」

 無駄に気合いを入れるサクラに小さく頷き、アナレスは処置室へと視線を向けた。

(変わる世界の中で君は何を選択する? 君が作る歴史を見せてくれ)

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