黒の魔術師
決戦の行方
(考えろ!俺が師匠との違いを。俺にあって、師匠にはないものを)
レナードの剣筋は先とは比べものにならない程速くなっていた。治癒と応急処置により左腕をかばう必要もなくなった上に、加速術式によってその動きはついていくのがやっとであった。
「どうした、シン!その程度か!」
レナードはシンを挑発しながら、わざと隙を作る。しかしそれに安易に乗るほどシンの方も甘くはなかった。
(劣勢でありながら、この胆力。我が弟子とはいえここまでとはな)
レナードは一切の手加減をするつもりはなかった。いや、する余裕がなかったとすら言える。シンは徐々に劣勢になってはいるものの、レナードが迂闊に勝負をつけようとすれば、その一瞬の隙を持って一撃で仕留められてしまう。そう思わされるほどに、その動きは洗練されていた。
シンの蹴りが脇腹に入る。レナードも優勢とは言え、決してダメージをもらっていないわけではない。
互いに根比べの時間が続いていた。
(だが、無理だ。シン。戦いの最中に、考えをまとめるほど人間の頭はよくできてはいない。戦闘という逼迫した場面では、訓練の中で己が肉体に準備されてきたものしか発揮はできない)
レナードは決して無理することなく、一方で緩めることもなく、シンに攻撃を加え続けた。その間断なき攻撃は確実にシンから考える余裕を奪っていた。
(『ラド・ソレ』なら……)
シンはフィオネよりコピーした光の魔術をナイフに纏わせ、レナードに攻撃する。
(その剣で受け止めれば、剣ごとこの世界から消し去って……)
しかしレナードはその短剣に触れないように、シンへ蹴りを入れて距離を取る。
「その術……おそらく私が持ちうる術ではないが、一度見てしまえば、どうということはない。左腕は大きな代償だったがな」
「さいですか……」
シンは息を整えながらレナードのさらなる追撃に備える。レナードもカウンターを警戒してすぐさま距離を詰めては来なかった。
やがてシンのナイフから光が消えた。
「どうやら長く使える代物でもないようだな。それにそのダメージを見るに肉体強化がおろそかにもなるらしい」
(全くその通りで)
シンは心の中で呪うように呟く。自分がこれまで、数々の強敵と戦い、負けなかった理由がなんとなく分かる気がした。
(こんな人間に教えを受けていたんだ。そりゃ、な)
レナードはシンに休む暇を与えない。一方でシンは今の攻撃で思った以上に消耗してしまっていた。
(クソっ!違いを見出したことが逆に不利を作ってしまった……)
シンは重い身体に鞭を打って、レナードの攻撃に対処していく。徐々に傷の量が増え、出血が目立ち始めた。
(フィオネさんとの戦いを除いて、師匠はその死体を通じて俺がコピーした魔術も知っている)
シンはレナードの攻撃の間を縫って、反撃を加える。しかしどれも決定打になるものではなく、劣勢は依然として変わらない。
(そして唯一の活路であった魔術も、今ほとんど対策されてしまった)
シンは風の魔術により、レナードに攻撃する。しかし肉体を強化したレナードにとってはそれは衣服を傷つけ、軽い切り傷を作り出すだけである。
レナードは強引に突破し肉弾戦を仕掛ける。
(左腕……とはいえ肘先半分ぐらいだが、吹き飛ばしているにもかかわらずあくまで接近戦をしてくるとは)
この判断はレナードが正しかった。レナードとシンではいくらかの体格差がある。遠距離戦では身体が大きいレナードが不利になる場合がおおいが、接近戦ではそうではない。それに近距離での戦いにおいて、やはりレナードに分があった。
(チッ!)
シンは再び風の魔術により、レナードとの距離を取ろうとする。
(だがさっきとは違う)
シンは次の風の魔術においては一部のものに、先のとは比べものにならない程魔力をこめ、放った。
(さっきの攻撃で俺の風の魔術がさほど脅威にならないと判断したはず……)
レナードは同様にかまうことなく突っ込んでくる。
(それこそが狙い。その思い込みを狙う!)
いくらかの弱い風がレナードに切り傷を作る。そして今、そよ風に紛れ込んだ一凪の刃が、レナードの肩に届こうとしていた。
(よし!入った!)
しかしこの瞬間、シンは期待のあまり、気を取られすぎた。そしてその行動は致命的であった。
レナードの肉体に届いた風の刃はダメージを与えたものの、想定よりもはるかに軽傷であった。
(なっ!?)
その時、レナードは満を持して加速術式と肉体強化を全開で使用した。鍛え抜かれた肉体に最上の強化魔術。その攻撃に、シンは反応こそできたものの、止める術はなかった。
「お前が無意味なことを二度繰り返すとは考えにくい。ならば思惑があるはず」
血が流れる。止めどなく流れるその血は、命を奪うのに十分な傷を負わせたことを示していた。
「それを完璧に把握することは難しかったが、致命の一撃として狙う場所は限られる。肩か心臓、もしくは首といったところだ」
「それ故に利用させてもらったよ」。レナードはそう言ってもう一度力を込めて、剣をより深くへと突き刺す。
シンは黙ってレナードの腕をつかんでいたが、その力は徐々に弱まっていった。
 レナードの剣がシンを貫き、赤い血がボタボタと流れていた。
コメント