黒の魔術師 

野村里志

最強の魔術師

 










「しまっ……」


 鮮血が舞う。レナードはシンの予想外の行動に見事にしてやられたことを恥じ、歯を食いしばる。シンはこの機を逃すまいと徹底して追い打ちをかけた。


「加速術式」


 シンは自分のもう一つの優位であるサラの魔術を使用する。サラがまだ死んでいない以上、死者からのみコピーができるレナードは加速術式を使用することはできない。そここそがシンの最大のアドバンテージであるとシン自身考えていた。


(たたみかけるならここしかない……)


 シンは速度を上げ、レナードに襲いかかる。レナードは右手をうまく使い何とか防戦していた。


(ここで……押し切る)


 シンがケリをつけようとしたその瞬間、扉から一人の魔術師がかけこんできた。


「大賢老様失礼いた……これは!?」


 シンは予期せぬ来訪者に危害をなるべく加えぬよう、風の魔術で軽く頭を揺らし、意識を奪った。


「よそ見している暇があるかな!」


 レナードは剣を振るい攻撃に転じる。しかしシンは焦ることなくその攻撃をいなし、優位を譲らなかった。


「くっ……」


 レナードは床を赤く染めながら懸命に戦う。このままでは出血多量で死んでしまう。魔術により治癒をかければ一時的に応急措置をすることはできるがただでさえ速いシンの攻撃が魔術により加速された状態では、その猶予すらなかった。


(攻撃を加え続けろ!大ぶりで決めに行く必要はない。焦らず、少しずつ攻めろ!)


 シンはその動きを緩める事なく、緩急をつけながら攻撃を続ける。レナードといえどその攻撃をいなしながら回復する余裕はなかった。


「ちっ!」


 レナードは舌打ちをしながら後ろに飛ぶ。シンはそれを追い打ちするように魔術弾を放った。


「しまっ」


 レナードはその攻撃をもろに食らってしまう。後ろの壁は崩れレナードは廊下まで吹き飛ばされた。


「壁際に逃げたのはミスですね。強化しているとはいえダメージもバカにならない」


 レナードは力を振り絞り、立ち上がる。そして床に爆発系統の魔術を放ち、シンの視界を一瞬奪った。


(させるか……)


 シンはすかさず風の流れでレナードの動きを探知する。レナードは床に穴を開け、下の階へと移動していた。


(逃がさない)


 シンは急いでレナードの元へ向う。下の階におりたシンは少し先にレナードがいるのが見えた。


(治癒の魔術……!?)


 レナードが治癒の魔術の詠唱を行っているのを察知したシンはすぐさま魔術弾を放つ。レナードはその攻撃をいなす間もなく直撃し、廊下の奥へと吹き飛ばされていった。


「くっ……」


 レナードは奥の部屋に入り、ドアを閉めた。


(無駄なことを)


 シンは再び魔術弾を放ちドアごと吹き飛ばす。部屋の中には幾人かの魔術師がいた。


「な、何事!?」


 シンは素早く全員の意識を刈り取る。残っているのは部屋の奥でうずくまっているレナードだけであった。


「師匠、終わりです」


 シンは短剣を構えながら静かに一歩ずつ近づいていく。「これで終わる」とこれまでの旅路を踏みしめるように。


 レナードは何も言わずに、じっとシンを見つめている。膝をつき、左手からはおびただしい量の血が流れている。おそらく肉体強化が切れ始め、出血を抑えられなくなってきていたのであろう。


「最期に言い残すことはありますか?」
「…………」


 レナードは何も言わない。ただ静かに項垂れて、その時を待っているようであった。


「さようなら……」


 シンがそう言って、ナイフを振りかざしたとき、レナードが何かを言った気がした。


「まだまだ甘いな」


 その瞬間シンは強い衝撃と共に後方へと吹き飛ばされた。


















(何が……起こった……?)


 シンは身体を起こし、自分の状況を確かめる。胸に強い痛みを感じ、どうやら肋骨がいくらか折れているようであった。


 シンは急いで懐にある最期の薬を飲む。そして肉体強化をかけ直した。


「やはり肉体強化をしていたか。剣で首を狙わなくて正解だったな。首や急所周りはさらに別の魔術でコーティングしていたであろう」


 レナードは右手と口を使いながら、器用に左手に包帯を巻きシンに話しかける。


「『勝利を確信したとき、その者は最も弱くなる』。まあ肉体強化を解かなかったことは褒めるべきだな。なければ今の一撃で内蔵まで破壊し死んでいただろうに」
「何が……」


 シンは急いで状況を分析する。


 レナードは元々包帯なぞ持ってはいなかった。故にそれは調達したことになる。シンは奥に見えるレナードが逃げ込んだ部屋を見る。そこは様子から見るに医務室であった。


「そうだ。この包帯はいまそこで調達した」


 レナードはシンの考えを見透かすように話す。同時に治癒魔法をかけており、左手の出血はほとんど止まっていた。


「始めに壁際に逃げたとき、俺は何も距離を取ろうとしていたわけではない。お前に遠距離系の魔術を使わせ、廊下へ出る算段であった」


 シンは素早く構えてレナードの追撃に備える。しかしレナードは治癒に専念して、攻撃を仕掛けては来なかった。


「床に穴を開けたのも、お前に吹き飛ばされてみたのもあそこへいくためだ」


(ダメだ。ダメージがでかすぎて、此方から攻撃に転じることができない)


 シンも同様に自分の傷を癒やす。しかしシンは治癒系の魔術には秀でておらず、あくまで気付け薬を飲み、肉体を強化して治癒を促す程度しかできない。


「そしてあの部屋に向ったのは何も包帯を取るためなんかではない」


 シンは部屋の中で倒れている魔術師の中に一人知った顔がいることに気がついた。そしてそこでレナードの企みを理解した。


「サラのコピー……。油断した俺に、加速術式による逆転の一撃を加えるため……」
「その通りだよ。シン」


 レナードは応急処置を完成させ、再度静かに構える。その姿は左腕を欠損して尚隙がなかった。


「戦いの最中に訪れた一人の魔術師は、音を聞いて駆けつけたわけではない。私の部屋には音が外に漏れないように結界が張られている。……では何故訪れたのか?」
「……サラが死亡したことを報告するため」


 レナードは大きく頷いて続ける。


「シン、今度こそお前に生きる理由はない。諦めろ」


 シンは黙ってナイフを構え、まっすぐレナードを見る。そのまっすぐなまなざしこそが答えであった。


レナードは「そうか」とだけ呟く。シンの目はサラを助けることを諦めてなどいない。何が何でも助け出すつもりなのであろう。


これ以上の言葉はもはや必要なかった。


(倒さなければいけない……この男を。この最強の魔術師を)


 シンはレナードに対してもちうる全ての優位性を既に失っていた。土の身代わり人形や加速術式による奇襲はあくまで初めてだから有効であった技である。


(だが諦める選択肢はない)


 シンは別の可能性を模索する。相手は魔術と戦闘の技術においては完全に自分の上位互換である。


(本来なら……師匠の教えを守るなら、逃げる状況だろうな)


 自嘲気味に笑いながらもシンに迷いはなかった。








 揺るがない想いが、シンを奮い立たせていた。







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