黒の魔術師
快楽のために
(風がダメなら、土だ)
シンは地面に手を当て、地中から土の槍を生みだしてデスペアを狙う。しかしその攻撃も彼に当たった瞬間に砕けてしまった。
「どうしたの?そんなんじゃ相手にならないよ」
デスペアはボウガンをシンに向けて放つ。しかしシンにはフィオネからコピーした鎧があるため意味はなかった。
「うーん、やはり弾かれてしまうか」
「お互い手詰まりだな。戦いをやめるか?」
「そんな勿体ないことできるわけないで……しょ!」
デスペアは腰に携えていた球状の物体に火をつけて投げる。シンはその特徴から爆弾の類いであることを見抜いた。
(しまった。狙いはサラか)
シンは加速術式でサラの所までかけより、身を挺してサラをかばう。デスペアが投げた爆弾が爆発したのはそのすぐ後であった。
「シン!大丈夫!?」
激しい爆発音が響いた。煙の中で自らを覆うようにしている少年の安否をサラは確認する。
「静かに。周りの音が聞こえない」
シンはそう言ってサラの口を手で塞ぐ。煙で周囲の視界が奪われている中で音だけが頼りであった。
(煙の中から襲うつもりか。だが甘いな)
シンはサラを抱え込みサラごと自らを地中に取り込む。
(しかし便利だなこの術は)
シンはブライトの術の汎用性に感心しながら地面を通じて相手の位置を探知する。デスペアは馬車を挟んで反対側に息を潜めていた。
(地中に引きずり込んで潰してやる)
シンはデスペアの立っている地面を局地的に割り、デスペアを地面の裂け目に落とす。そしてそのデスペアを両側から土で挟み込むようにして埋めた。
(上下左右からの土の圧力だ。生きてはいまい)
しかしシンがデスペアの生死を確認しようとすると、先程と変わらない息づかいが地中から検知できた。
「すごいなぁ。こんな術まで使えるのかぁ」
デスペアはそう言うと何食わぬ顔で地面から這い上がっていく。シンはこれ以上地中にいても意味がないと感じ相手と距離を開けて地上に出る。
「君は……普通の魔術師とは違うね」
「……」
「この戦い方……容赦ない殺しの技術……ひょっとして……」
シンは何も言わずにデスペアを見る。その様子は先程同様に隙だらけではあった。
「そうか……そういうことなんだね……きっと」
デスペアはうれしそうに続ける。
「君も僕の仲間なんだろ?違うかい?」
「……」
シンは何も言わない。ただただ次の策を考えていた。
「わかるよ。人を殺すことのスリル、あれは格別の快楽だ。一度味わったら抜け出せるものじゃない」
デスペアはケタケタと笑っている。
旅に出る前に、サラと初めて出会った時に襲ってきた殺し屋も同じような笑みは浮かべていた。しかしあれはこちらを脅すための演技であり、どこか嘘くささがあった。しかしデスペアは違っていた。
その様子は純粋で、まっすぐ、曇りのない眼で自らの想いを口にしていた。
「……クズめ」
シンは小さく吐き捨てる。
「心外だな。君だって僕を殺しに来ているじゃないか」
「……自己防衛だ」
「だとしてもだよ。それに君、殺しは初めてではないだろう?だとしたら君に言う権利はないよね?」
「………」
シンは返答の代わりに魔術弾をお見舞いする。しかしその魔術弾は跳ね返され、シンはしゃがんでそれを躱した。
「僕は人が人を殺すことを咎めたりしない。誰かが僕の命を狙うことも」
「………」
「だから僕の殺しに対して、文句を言うのは筋違いだね」
「サラッ!下がれ!」
デスペアは全速力でシンとサラへの距離を詰めてくる。シンはデスペアの魔術が把握できていないことから、すぐさま距離を取る選択をした。
(少なくとも時間はかせぐ)
シンは魔術で簡易の落とし穴を作りデスペアを落とす。そしてサラと共に落とし穴から距離を取った。
(奴は一体何の魔術を使っているんだ?)
シンは考えられる可能性をいくつか模索する。
(俺の魔術は跳ね返される。少なくともこの点において間違いはない。爆弾を使った後もアイツには泥一つ付着していなかった)
不意に落とし穴の中から爆発音がする。
「すごい魔術だ。あんなに深い穴を瞬時に作るなんて」
爆発で飛び上がったのかデスペアが上空から襲ってくる。その突飛なアイデアにシンは一瞬対応が遅れた。
「サラ!」
シンはサラの前に立ってナイフを構える。短剣を手に飛びかかってくるデスペア攻撃をシンはナイフで受け止めた。
(こうなりゃ一か八かだ)
シンは思い切ってデスペアの腕をつかむ。
(よし!つかめた)
シンは魔術を使用し、相手の情報を読み取る。そして相手の剣を弾いて、距離を取った。
(これで奴の魔術の秘密が……)
一瞬余裕の表情を見せたのもつかの間、シンは自分が犯した過ちに気付いた。
「へえ~。君はこんな魔術を使っているのか」
デスペアは初めて懐から小型の杖を取り出し、シンに向けて振るう。すると見慣れた風の刃がシンを襲ってきた。
「勝負を急ぐべからず。ブライトがやらかした敗因を俺自身がやってしまうとは。まだまだ甘いみたいです、師匠」
シンはデスペアの魔術を土の壁で防ぎながら漏らすように呟く。
「シン……あれって……」
「ああ。俺がブライトからコピーした魔術だ。」
「どういうことなの?」
「なんとなく察しが付いた。奴の魔術は『反転』だ」
「反転?」
「ああ。だから俺の魔術は弾かれ、自らの爆弾でも無傷。落とし穴から出るのには爆弾を足下で爆発させその力を反転させて飛び上がってきたんだ」
シンは「そして……」と続ける
「今俺が情報を読み取ろうとして逆に読み取られた。まずいな……こっちの手の内が筒抜けだ」
サラはシンが珍しく焦っているように見えた。しかしそれも無理はない。シンは自らが今までやってきた勝ち方を相手に使われているのだから。
「さて、どうしたものかね」
シンは呟くように漏らす。デスペアはシンの魔術への感動を一段落つけたのかまた二人の方を見る。
「シン君……ありがとう。君のおかげで僕はもっともっと人を殺すことができる」
デスペアはそう言ってまたケタケタを笑い出した。
(焦るな。勝機を見定めろ。負けないことを考えるんだ)
シンは再び自分に言い聞かせ、静かにナイフを構えた。
(戦況は絶望的。こっちは勝利への糸口すらなく、向こうはただでさえ有利なのにも関わらず情報すら与えてしまった。だが……)
サラの方を見る。すこし不安そうにしていたが、その顔はシンが勝つことをまるで疑ってはいなかった。
(負けるわけにはいかない)
シンは大きく深呼吸をして、ケタケタと笑うデスペアを静かに、そして注意深く観察した。
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