黒の魔術師
プレゼントをえらべ!
春が近づいてきた。
前回の戦いでシンは大けがを負い、治療が必要であった。しかしある意味で町の守護神であったブライトを排除してしまった以上、その町にとどまるのは危険でもあり、二日だけ宿で休んで別の町に移動することにした。
町を出る当日「寂しくなるね」という宿の夫人はどこかうれしそうな顔もしていた。町を裏切ったことや、シンとサラがいなくなるということ以上に、この二人が生きて帰ってきたことがうれしかったのである。
 町を移動し本格的に治療院に送られたシンは医師が驚くほどの重傷を負っていた。本人はどこ吹く風で既に動けるような口ぶりであったが、医師とサラの強い要望(命令)で三月ほど療養生活を強いられることになる。
そして体が万全になる頃にはすっかり冬になってしまっていた。冬の旅路は危険が伴うことも多く、雪等の危険から二人は春を待つことにした。
そんな日のことである。
「そういえばそろそろ春の妖精祭りね」
とある日の夜、宿でシンがトレーニングをしていると帰ってきたサラがぽつりと呟いた。シンは日課のトレーニングを中断してサラに問いかける。
「妖精祭?なんだそれは?」
「え?しらないの?あそっか、人里離れた場所にいれば知ることもないか」
サラの言い草に少しいらだちを覚えるシンではあったが話の腰を折るのも悪いと思い黙ることにした。
「妖精祭は春が来る頃にやる、豊作を願う祭みたいなものね。大きな町ではだいたいどこもやってるわ」
「ふーん、要は村祭りみたいなものか」
シンにとって唯一知る祭は過去に数回師匠に連れられて訪れた村の祭りていどのものであり、その規模もさほどおおきいものとはいえなかった。
「まあ、認識としては近い気はするけどもっと規模は大きいわね」
サラはシンがいまいち正確に把握できていないと察して一応のフォローを入れる。
しかしサラ自身もいままでは学問に打ち込んできたということもあり、見たことはあっても参加したことはなかった。
「何にせよ行ってみるか。その祭りとやらに」
シンの思いつきで出発を祭が終わるまで引き延ばすことになった。
「うへえ、人が多いなぁ」
翌日、シンは久しぶりにサラが用事があるといって出かけていたので、一人で羽を伸ばしに町の中心部にまで来ていた。
(だいたいどんなときも監視が必要だからってあの女がいるからな)
旅を始めてからシンは自身一人で行動できる時間は限られており、怪我も相まって長いことじっとしていることにすこし退屈してきていたところではあった。
しかしこうして一応の自由時間がもらえたことに幾分の信用を勝ち得た気がしてシンはすこし喜びも感じていた。
「でさー、あいつったらさー」
「何それー。ありえなーい」
(おお、可愛い)
初な少年は久々の外出に胸を躍らせていたのはもう一つ理由があった。彼も年頃の少年であり女性には興味があった。そしてこの町にいる女性は都会特有の華やかさがあり、彼が今まで見てきた女性陣とはまた一風変わった魅力があった。
少年は特に何かするわけでもなかったが町を散策することに一定の楽しみは感じていた。
そうしてしばらく町を歩き、ふといい匂いを感じて近くのお土産屋に立ち寄っていた。
(どれも美味しそうだな)
シンは自分の財布を確認する。今まで師匠の代わりにいくらかの依頼をこなしたことで一応の金はもっていたが、基本は自給自足で生きてきた上にもらうお金も田舎基準でもらっていたため都市の物価は少しばかり財布にきついものがあった。
(しかしせっかく来たのに食べないのはもったいないよなあ)
そう言い聞かせ限られた予算でシンは食べ物コーナーを物色する。
「お客様。プレゼントをお探しですか?」
シンが真剣なまなざしで品物を見ているのを見て店員が声をかける。
「妖精祭りのプレゼントでしたら丁度いいものがございますよ」
店員の積極性に慣れないシンはついドギマギしてしまう。しかしふと店員の言葉が気にかかり質問する。
「プレゼント?」
「はい。妖精祭りで大切な人に渡すプレゼントです。是非ともうちの店でお買い上げになってください」
(そうか。そんな風習があるのか)
シンはふとサラの顔を思い浮かべ、すぐに打ち消す。
(いや、あいつはいいか)
シンは自分の財布の中身を確かめる。現在の手持ちでは自分用とプレゼント用のものを買う余裕はなかった。
「いや、まだちょっと決めあぐねてて。またもう一度考えてから来ます」
シンはそうだけ言って店を出た。「自分のものだけ買えば良かったのに」、そう考えはするものの以前ほどの食欲がわかなくなってしまっていた。
(いま食ってもなんか美味しくないな)
シンはそうだけ考えて後日また来ることにした。
シンは次の日もその次の日もその店に通った。サラを通じて魔術協会から食事代は出ていたが街の物価はどうもシンの感覚とは合わず、いつも安い大衆食堂で済ませていた。その結果、日に日にシンの財布は厚みを増していった。
幾日が過ぎて、少しばかり懐事情が好転したころ、シンはいつも通りお土産屋に来ていた。
「お客様いらっしゃいませ。どうぞごゆるりと見ていってください」
「……どうも」
お土産物屋の女店主はまだ年も若くシンより十歳前後年上の様子であった。いつも決まった時間に食べ物コーナーとプレゼントコーナーを行き来するシンの顔は既に覚えられており彼女はそれを温かく見守っていた。彼女は決して商品を強く勧めるわけでもなく、かといって冷やかしと邪険にするわけでもなく接していた。
シンもそんな彼女の対応に喜ばしくもどこか恥ずかしい感情を抱かざるを得なかったが、シンにとって既にその店はなじみの店のようなものであり、今更物色する店をかえる気にもならなかった。
結局シンは最低限のマナーとして嗜好品のナッツを一袋だけ買ってその店を後にした。
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