黒の魔術師
エピローグ3
とある村のはずれ、黒髪の少年が一人静かに本を読んでいた。その本は酷く汚れていて既に多くのページが欠損していた。しかしもとよりそんなことはどうでも良かった。この本は既に読んでいたし、まだ読みかけの本をやられるよりはずっとよかった。
本を読み始めてからすこしして、何人かの別の子供達が集まっていた。
「いたぞ、黒髪だ!みんなかかれ!」
ガキ大将の号令で子供達は一斉に黒髪の少年におそいかかる。少年は必死に抵抗するも多勢に無勢。最終的にはボロボロになるまで殴られ、地面に突っ伏した。
「ふん。おまえみたいな混血がえらそうにしてんじゃねえ」
「そうだそうだ」
一行は満足したのか、倒れている少年を置いてその場を去る。黒髪の少年は身体を仰向けにかえて空を見上げた。
(人生ってなんでこんなにもつまらないんだろう)
少年は静かに目を閉じた。
(やべっ寝ちまったか)
少年は意識が覚醒して目を開ける。徐々にはっきりとする視界。その視界には少女の顔が大きく映っていた。
「わっ!」
ゴツンという音と共に少年の頭に痛みが走る。見ると目の前の少女も頭を抱えている。
「もー、急に起きないでよ」
どうやら少年の顔をのぞき込んでいたようで起き上がると同時に互いの頭をぶつけてしまっていたようであった。
「なんだお前?てか誰だ?」
少年は目の前の少女に尋ねる。少女は「あ痛たたた」と頭をさすっていて、返事がない。
(まあいいか。こんなやつ)
少年はそのまま立ち去ろうとする。
「あ、待って」
すると少女が追いかけてきて少年に本を差し出す。
「これは……俺の」
「そう、落ちてたから。君のでしょ?」
その本は先程よりも随分汚れ、ページの欠損も増えていたが、いくらかの破れたページは再び本の中に挟み込まれていた。
「本……いっぱい破れてて、破れたページ、ちょっとしか見つからなかったの」
少女は申し訳なさそうに呟く。見ると少女の服はいくらか砂がついており、長く探してくれていたことが見て取れた。
「いや、もともと破れてるページばっかりだし。ありがとうな」
少年がそう言うと、少女は少しうれしそうに照れ笑いをする。
「ねえ、あなたこの前村に引っ越してきた人でしょ?黒髪のお母さんがすっごく綺麗って、うちのお父さんも話してた」
「その後お母さんにすっごく怒られてたけどね」とつけたし少女はうれしそうに話す。
少年は黙って少女を見る。確かに自分の母親は美しく綺麗であった。しかし新参者が村社会になじむにあたって、目立つことはメリットばかりではない。母親はまだまだ苦労が絶えないようであることも十分に理解していた。
「本、ありがとな。もう行って大丈夫だぜ」
シンはそう言って自分が先程まで寝そべっていた場所に腰を下ろす。日は傾き始めてはいるが顔の腫れが引くまでもう少し待つ必要があった。それに服についた泥ももう少し自然な形にまで落とす必要もあった。
「あなたは帰らないの?」
少女が問いかける。
「ああ」
「なんで?」
少女がまっすぐ少年を見つめながら問いかける。少年も無視するのは忍びなく感じた。
「母さんに心配掛けるからな」
そう言うと少年はただ呆然と夕日を眺めた。少女はよく分かっていない様子で少年を見ている。
するとすこしして隣に少女が座り込む。少年は呆気にとられながら少女を見つめた。
「お前、何してんだ?」
「私も一緒にいる」
「…………は?」
少女はうれしそうにニコニコしながら少年を見つめている。いくらか年下であろうその少女の考えていることは少年には理解できなかった。
「ねえ」
少女が話しかける。
「私、ミナっていうの。あなたは?」
少年は黙って夕日を見ていた。そんなことこの少女に話す必要もない。そんな風に考えてもみたが徐々に馬鹿らしくなってきた。
「……シン」
ミナはそれを聞いてうれしそうに笑う。シンも不思議と笑みがこぼれてきた。
「シン……シン。シン!」
「うるせえ。何度も呼ぶんじゃねえ」
「えへへ。……ねえもっとシンのこと教えてよ」
「あ?やだよ」
「え~いいじゃん。ケチ。じゃあ私のこと教えてあげる!」
「いや、いいよ」
「私ね、お父さんとお母さんと一緒に住んでてね、お姉ちゃんもいるんだけど、今はおっきい町に勉強しに行ってるの。それでお姉ちゃんはお父さんに似てすっごく頭良くて、それで」
「おいおい。一気に喋るな」
夕暮れ時の村はずれ。その日はいつもより少しだけ明るい声が響いていた。
「シン…………シン。シン!」
「うるせえ。何度も呼ぶんじゃねえ」
自らを呼ぶ声でシンが目を覚ます。
「良かった……。生きてた……」
目を開けると心底ほっとした表情のサラが視界に入った。
「一応私ができる基礎的な治癒魔法はかけて、傷の手当てもしたから、出血は大分おさまったけど、既にいっぱい血が出てたから、私……」
サラは涙目になりながら、まとまっていない自らの心情を吐露していた。
「一気に喋るな。俺は生きてる」
そう言ってシンは身体を起こそうとする。しかし身体に激痛が走り、姿勢を戻す。
「シン、私になにかできることある?」
サラが尋ねる。
「俺のバッグが洞窟の入り口の前に置いてある。そこに俺の……」
「鞄ならさっき周りを見たときに見つけて、持ってきてあるわ。近くに川はなかったけど、あなたの鞄に水が入っていたから……」
「じゃあ俺の鞄に治療薬も入っている。それを持ってきてくれないか」
「わかった」
サラは鞄をもってきて中身をシンに見せる。シンは鞄の中から、治療の薬を取り出し口に放り込んだ。
「そんなことより……やつは?」
シンは顔を動かして周りを見渡す。
「大丈夫よ。ブライトなら少し離れたところで息絶えているわ。さっき魔術協会にも連絡したから、もうすぐ助けも来ると思う」
シンはそれを聞いて大きく息を吐いた。全て終わった、そう感じていた。
「なあ」
シンはサラに声を掛ける。
「鞄の中にある小袋を取ってくれないか」
サラはそれを取り出しシンに差し出す。シンが包みを開けると中には宿屋の食事が入っていた。
「ほら、半分やるよ」
サラは黙って受け取り、口に含む。
「どうだ?」
「……美味しい」
「だろ?」
そう言ってシンも食べようとパンを口に運ぶ。しかし激痛でその動作すらもおぼつかなかった。
「ほら、無理しなくて良いから」
サラがパンをちぎってシンの口元に運ぶ。シンは少しばつの悪いようにも感じたが、背に腹は代えられず口に入れた。
「やっぱ固いな。このパン」
しばらくの沈黙の後、二人は徐々に笑いはじめる。
朝日が照らす静かな森の中では、ただ二人の笑い声が響いていた。
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