異世界の愛を金で買え!

野村里志

手に入れたもの









 風が吹いた。

 その白銀の風は門の前で止まり、戦場はこれまでに無いほどに静かだった。

 突撃してきた兵士達も、目の前にたたずむ大きく雄大な狼に目を奪われていた。

『ったく……無茶しやがって。いつもだったらそんなことはしなかっただろうに』

 狼が呟く。

『しょうがないから助けに来たぞ、サゾー』

 そう言うと狼は再び大きく吠える。静かな戦場に、その遠吠えだけが響き渡っていた。















「全員、構え、……撃て!」

 狼の登場から少し遅れて、けたたましい銃声に戦場は再び混迷を極めはじめる。突如として北側から現れた部隊が侵略軍を攻撃していた。

「本来であれば私がお供しなければならないものを……ここまで遅れるとは。情けない」

 その部隊は北部からの山地に沿って森の中を移動してきた。獣人の行軍速度のおかげもあるだろう。敵の索敵よりも速く接近に成功し、見事奇襲に成功している。

「このハチ、今より主殿をお助けする!全員ついて参れ!」

 ハチは自らの刀を抜き、味方を引き連れて混乱している敵の側面を攻撃した。この混戦、既に敵方の後方に、遠距離砲撃の手段がないことも確認している。獣人の身体能力を活かすのであれば、雑多な小火器を使うよりも接近戦を仕掛けた方が良い。

 それに……それに、だ。何か嫌な予感がする。早く戦いを終えて主の元に戻りたい。ハチはそのことばかりが頭の中を支配していた。
















「イエリナ!こっちは準備できた」
「分かりました。……今より皆さんはチリウさんに従い、敵の後方を攻撃してください。退路が断たれそうになれば向こうは退かざるを得ません。ただし無理はしないでください。私たちの目的は、あくまでこの町の防衛です!」
「「はい!」」

 イエリナの指示から少しして、チリウ達の元盗賊部隊と猫族の従者達が南の森より一斉に襲いかかっていく。あまりにも速い攻撃に相手は戦線を構築する間もなく攻撃を受けていった。

「大領主様の部隊は西門から町に入ってください。そして東門の前で戦っている人狼の援護を」
「承知しました。……行くぞ」

 イエリナに言われ、人間で構成された部隊が町へと向かっていく。イエリナが交渉して連れてきた大領主の軍隊である。

「イエリナ様、救護物資の用意、終わりました」
「食糧も来たよ!」
「ありがとうナージャ、アイファ」

 真剣な表情でみつめている二人にイエリナは微笑みかける。自分がやらねばならない。この町を、そしてあの人を守るために。

「さあ、彼等がひきつけている間に、町に物資を運び込みましょう」

 イエリナは残った人々に指示を出し、自ら積極的に荷物を運んでいく。そこには獣人も人間も、それぞれが混じり合って共に協力していた。

 侵略軍に被害が出ているという噂を耳にしたとき、イエリナにはすぐに佐三の行動だとわかった。おそらく、多くのものがそう判断しただろう。

 何か示し合わせたわけでもない。イエリナが何人か近い人々に呼びかけて向かおうとしたとき、どこで聞きつけたのか町の人間のほとんどが志願してついてきた。他でもない、松下佐三と戦うために。

 気がつけば散り散りになっていた獣人種以外の人間も合流した。村に避難していたアイファも弟妹達を避難させてから合流してきた。自分にもできることがあるはず、そう考えて。

(サゾー……)

 イエリナは今すぐにでも佐三の安否を確認したかった。しかしこの状況、町の長である自分が陣頭に立った方が士気に良いという判断はすぐにできた。

 イエリナは町付近まで行くと荷物を預け、そのまま前線へと駆けていく。きっと無事だ。イエリナはただそう願うほかなかった。















「兄貴、本当に行くんですか?」

 ハチの突撃を見ながら、後方で人狼達が足踏みをしている。ドニーはさも当たり前かのように答える。

「そうだ」
「無茶ですよ。こんな戦い、第一俺たちにはそんな義理は……」
「はあ……分かってねえな」

 ドニーはため息をついて諭すような口調で話す。

「どうせ逃げたって負けたら殺されるんだ。やつらにとっちゃ獣人ゴミ以下だ。人権はない」
「だからって……」
「それに、だ」

 ドニーは顎で門の方を指す。そこでは前線で駆け回っている狼がいた。既に体にいくつもの銃撃を受け、血を流している。

「舐められたまま……生きたくはねえだろうが」

 ドニーはそうとだけ言って駆け出す。

「ま、待ってくださいよ!」

 それを追いかけるように他の人狼達も駆けだした。

(クソッ、認めたくねえな)

「俺自身が、アイツに……憧れちまっていることに」

 アヴォオオオン!

 狼たちの突進が軍の陣列を切り裂いていく。ならず者の狼たちは、この瞬間においては誇り高き人狼の戦士であった。















「佐三様!佐三様!」
「……どうした?フィロ」

 佐三が目を開けるとフィロの顔が見えた。どうやら自分は気を失っていたらしい。地面に横たわりながら泣きそうな顔をしているフィロを見た。

「まったくなんて顔してるんだ」

 佐三は乾いた笑いを見せて、力なくそう言った。

「ベルフ様が、正面で戦っています。他の方々も、皆帰ってきて戦い始めています」
「そうか……良かったな」
「はい!」
「……だとすればこの戦いも、勝てるかもしれないな」
「はい!私たちも助かります!」

 フィロは泣きながら言う。そうあってくれるようにと願うように。しかし目の前の佐三は以前までの姿が見る影もないほどに生気を失っていた。

「サゾー様だ!サゾー様が倒れている!」
「フィロ様もいるぞ!誰か、手が空いている人がいたら手伝ってくれ!」

 戻ってきた住民が二人を見つけ、手を貸す。佐三は住民に背負われながら、後方へと移動した。

(随分……人がいるな)

 佐三はぼんやりとした意識の中で、町に多くの人がいることに気付く。大領主の軍もいたが、それ以上に町の住民が戻ってきていることが大きかった。

 全員がこの町を守ることを決意し、一丸となってここへ来ている。そうした集団は本当の意味で強い組織と言えた。

「……いくら良い銃を持っていても、獣人の身体能力は馬鹿にできない。指揮系統が乱れているとなれば、尚更……」
「佐三様、無理してはいけません!」

 佐三がかすれるような声で喋るのをフィロがたしなめる。佐三は「はいはい」とだけ言って再び目をつむった。

 どこか安心したせいか、どっと疲れが押し寄せてきた気がする。既に疲労で目が開きそうになかった。

 次に目を開けることはあるだろうか。もしそれが適うのだとすれば、もう一度……。

 佐三は再び意識を手放していく。佐三を背負っていた住民は政庁の玄関脇にそっと佐三を寝そべらせ、その様子を見守った。

 佐三の顔は穏やかで、今までに無いほど優しい表情をしていた。


 銃声が鳴り止んだのは、それから少ししてのことであった。









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