異世界の愛を金で買え!

野村里志

定め








 人は歴史の中で、再三にわたり争いを繰り返してきた。むしろ戦いこそが人間の歴史であったかのように。そうした中で多くの偉大なリーダー達が生まれ、彼等は後に英雄と称されるようになった。

 しかしどんな英雄であっても、不可能はある。例えば自然や病気に打ち勝つことは難しい。どんな大軍も疫病や火事には逆らえない。これにより敗北した例は、数え切れないほどある。

 その他には少数で大軍に打ち勝つことも難しい。過去の戦いはどうしても特殊事例としての戦いに焦点が当たり、まるで少数で大軍に勝つことも不可能ではないかのように錯覚してしまう。

 しかし現実は違う。これまで起きた地上における大小全ての戦闘行動を見ていけば、九割九分人数の多い方が勝っている。それに少数が打ち勝った事例も大軍の利を活かせないように工夫した例が多く、個々の戦闘を見れば少数側の方が、人数が多かった場合も多い。

 つまりそれだけ人数有利というものは戦闘において重要な要素なのだ。


 そしてこれは、異世界から来た未来人にとっても例外ではない。













(まずいな……これじゃジリ貧だ)

 佐三は戦況を確認しながら、自らが劣勢であることを冷静に受け止めた。

 物資はこれまで破壊してきた拠点から大量に押収してある。この戦いを終えるまでには十分すぎる程にあった。

 地の利も完全に此方にある。防壁は一部破損したが大砲の破壊が早かったこともあり十分機能している。此方は防壁を利用して弾を回避しながら撃つことができた。

 しかし圧倒的に人数が足りていなかった。現在戦闘に参加しているのは50人ほど。既に十人以上やられている。こちら側が圧倒的に有利とは言え、何百人という兵士が同時に攻撃してきているのだ。銃弾を食らう兵士がでるのも不思議ではない。

(敵に装甲車の類いがないだけありがたく思うべきなんだろうが……成る程、人間の突撃がこんなにも恐ろしいとはな)

 佐三は既に息が荒くなっている。本来であれば防壁を突破された後も、フィロを伴い兵士を適宜洗脳して市街戦を行う予定ではあった。しかし自分自身にその時間が残されていないことを十分に理解していた。

(おそらくこの町の中に入られたら、俺にはもう反攻する余力は無い)

 体力的にも気力的にも、佐三はこの防衛ラインを守ることが限界であった。

「フィロ、次の兵士の投入にはあとどれぐらいかかる?」

 佐三は地下に下りてフィロに尋ねる。

「おそらくあと五分ほどで」
「わかった、焦らなくていい。余裕を持ってやってくれ」

 佐三はそう言うと再び地上へと上った。銃声はけたたましく鳴り続け、戦いは混迷を極めていた。
















『何故だ!何故あんな少人数が守る町一つ落とせん!』
『しかし司令官殿。敵は我が方の装備を鹵獲し、それを利用しています。おそらくこれまで襲撃された拠点にあったものかと』
『そんなものは分かっている!だが相手の規模は我らの十分の一程度ではないか!物量で押し切れば良かろう!』

 無茶を言う。部下はそう思った。

 この軍は強力な装備をそろえていることから、この土地ではやりたい放題やって来た。敵の軍隊なぞ相手にならない。連戦連勝に加え、征服した町では欲望の限りを尽くした。

 それだからであろう。戦争に必要な動機というものが根本的に希薄化していた。欲望のために動く軍隊は非常に弱い。全員が必死の覚悟で突撃していたらあの程度の町はすぐに落ちただろう。

 だが今の軍隊は如何に生き延び、恩恵をあずかるかを考えるものばかりに成り下がっている。物資を奪い、女を陵辱することばかり考える連中、それはもはや『賊』に他ならなかった。

(この司令官も所詮は後続に来る部隊に手柄を奪われるのを恐れているだけにすぎない。そんな安いプライドのために、兵士が命をかけて突撃するわけがない)

 しかしいずれは勝つだろう。前線にいる兵士は、生き残るために嫌が応にも戦わなければならない。生き残るために前進すれば、そもそもあの程度の人数に苦戦することさえありえないのだ。

 部下はそう思いながら、司令官のいるテントを後にした。





















「これが……最後です」

 フィロが用意していた最後の兵士達の洗脳を終え、前線へと送り出す。そして椅子に座り状況を見守る佐三に次の指示を待っていた。

「ありがとう。フィロ」

 佐三はフィロに対してにっこりと笑って続ける。

「これが、最後の指示だ…………『逃げろ』」

 息も絶え絶えにそう告げる佐三にフィロは一瞬言葉を失う。しかしすぐにその指示を否定した。

「嫌です!最後まで貴方様と共にいます!」
「馬鹿を……言うな」
「本気です!」

 フィロは語気を強め主張する。佐三は「はは」と笑って続けた。

「いいか、フィロこの戦いは負ける」
「……っ!?」
「だがお前が生きていれば、これからもやりようはある。是非イエリナ達と合流してくれ」
「では佐三様も一緒に……」

 フィロの言葉に、佐三は小さく笑うとゆっくりとした口調で告げる。

「……俺はもうダメだ」
「っ!?」
「もう……目も禄に開かない。視界もぼやけちまっている。もって一日、自分でも分かる」
「そんな……」
「だからお前は生きろ。最後まで……ありがとう」
「嫌です!佐三様!佐三様!」

 フィロは泣きながら佐三に呼びかける。しかしそんなフィロとは対照的に佐三の顔はどんどん穏やかになっていった。

(以前……フィロのことを馬鹿と断じたことがあったな。感情への向き合い方が下手で……)

 佐三は消えゆきそうな意識の中で昔のことを思い出す。フィロとその母親、その二人は最後まで自分の意志をねじ曲げながら、あまりにも不器用に想い合っていた。

(だが今の俺のほうが……よっぽど馬鹿じゃないか)

 他者を思い、依存するからこそその人間は弱くなる。代わりがいると思うことで佐三は自分が強い立場にいるのだと思っていた。

 だが結局の所、一番自分に向き合えていないのは自分であった。死に際にいたるまでそのことを認められなかった。『自分に代えがきかないものがある』ということに。

「ホント……俺が一番の大馬鹿者だ」

 爆発音が聞こえ、門が破壊される。まだ侵入こそされていないが、手榴弾が届く程度に近くまで攻め込まれている。おそらく、もうすぐ全滅するだろう。

 結局何もかもが中途半端だった。佐三はこれまでの自分を振り返る。時代の流れに乗り、今まで多くのことをなして来たように思っていた。しかしその実、人間がはるかに昔から持っているものを見失っていた。

『愛』。それを最後の最後まで気付けなかったのだ。いや、認められなかった。代わりがいくらでもあると信じて。自分を守りたいという臆病さ故に。

「さようなら……皆」





















 アウォォォォオン!








 風が、吹いた。








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