異世界の愛を金で買え!

野村里志

窮鼠










 轟音が響き渡る。そのけたたましい音と共に放たれた大砲は凄まじい威力をもって町の防壁を破壊した。

「ほら、おいでなすった」

 佐三とフィロは地下室に避難しながら、砲撃がやむのを待つ。事前に仕入れていた情報通り、相手は長距離砲による先制攻撃を背に、歩兵が突撃をしかけるようであった。

 次々と大砲が放たれ町の中を破壊していく。その長距離砲は町の壁などゆうゆうと飛び越えて、町の建物を直接攻撃した。

「サゾー様……」

 ふと脇をみると怯えた様子のフィロがこちらを見ている。佐三は「大丈夫だ」と言ってフィロの手を握った。

(俺からしてみれば旧式の大砲だが、彼女達からしてみれば未来の兵器だからな。それがあんな音と共に町に降り注いでいるとなれば、恐くて当然か)

 佐三は「ふっ」とだけ笑うともう一度自分が書いた作戦書を手に取る。例え自分が正常に判断ができなくなったとしても、作戦が続行できるようにあらかじめ書いておいたものである。

(彼等は大砲を運んでは来たが、戦車のような移動砲台をもつわけではないことが分かっている。そうなれば彼等の軍事力はせいぜい一次大戦前だ。だとすればやりようはある)

 昨日の夜、敵方からの偵察部隊が町の中に侵入しようと試みていた。しかし作戦が筒抜けであるため、佐三はフィロを伴い対処。彼等の部隊は全員フィロの力によって操られ、偽の情報を陣へと帰投した。

『抵抗勢力あり。注意されたし』

 その情報で敵ははこんできた虎の子の大砲を使うことを決めた。それこそが佐三達の狙いでもあった。

(現状俺たちが一番恐いのは遠距離からの攻撃だ。最悪敵に見つかっても、フィロがいればなんとかなる。だが大砲がうっかり近くに着弾すればその瞬間に俺たちは終わる)

 大砲の音が止む。フィロが出したもう一つの命令を、彼等が果たしたようだ。

『大砲を撃ち始めたら、すぐにその場に急行し破壊する』

 それが帰した偵察兵に仕込んでおいたもう一つの命令であった。

「一晩たって、それもそれなりに多くの人にかけた命令でしたから心配でしたが……。うまくいったみたいですね」

 フィロは少しほっとした様子で息をはく。佐三は安心させる意味でもフィロに笑って見せた。

「さあ、反撃しますか」

 佐三はそう言ってさらに地下の奥に進む。政庁下の地下室、それは奥の区画は地下牢もかねており、かつて佐三がフィロを尋問した場所でもあった。

 佐三は地下牢の扉を開ける。中には事前に拘束して、閉じ込めておいた敵軍の兵士が百人近く閉じ込められていた。

「さあ、まずは三十人、防壁上で戦う兵士を用意しよう。戦力の逐次投入は悪手だが……、フィロの力の関係上そうせざるを得ないな」

 佐三がそう言うと、フィロはゆっくりと洗脳をはじめ、兵士を作り上げていった。










 とある国の軍隊、後方司令部にて。

『何!?砲台が破壊されただと!』
『はい!それも味方の造反によるものです!』
『状況は?』
『現在造反者達は全員射殺しましたが、此方の被害が甚大です。大砲は全てやられました』
『クソッ!』

 上官らしき男が机を叩く。

『既に突撃命令は出してしまっているのだぞ!だがそれは砲台の援護が前提だ!たいしたことの無い防壁とは言え、歩兵の装備では突破にある程度時間がかかる』
『退却命令を出しますか?』
『馬鹿言え!もう既に動き出しているのに、今戻そうとすれば指揮は混乱する。そこを狙い撃ちにされたら、旧型の兵器であっても途方もない被害が出る』
『では……』
『突撃作戦を完遂するしかない。相手は旧式の軍、それに先の大砲で多少なりとも動揺しているだろう。被害は出るが、突破できないわけじゃ……』

 丁度その時、銃声が響き始める。鳴り止まない金切り声は兵士達の悲鳴と共に、戦場をかけめぐった。

『何だあれは……』

 その地獄のような光景に司令部にいた人間は呆気にとられていた。

『あれは我が軍の機関銃ではないか……』

 遮蔽物も何もない平原を、機関銃の弾が切り裂いていた。














「機関銃二十丁に狙撃兵十人。決して多い数ではないが、見晴らしの良い平原を走ってくる部隊の足を止めるには十分すぎるぐらいだ」

 敵の油断もあったのだろう。近代型の大砲を知らない現地の人間からすれば、そらから攻撃されたら戦意などあったものではない。だからこれまでの侵攻は非常に楽であったに違いない。

「……だが俺はその存在を知っている」

 佐三はその脅威と、重要性をよく理解していた。だからこそ一番に破壊したし、一番注意して情報を集めていた。もっとも最後の部分でフィロの不確定な力に頼っており、賭けの部分が大きかったことは否めない事実であった。

(いずれにせよこの戦い自体賭けじみている。失敗したときの作戦も用意はしていたが、正直うまくいかなかったらキツかった)

 しかし佐三は賭けに勝った。これまでのフィロの状態から、ある程度成功の可能性は高いと踏んでいたが実際に成功したことは佐三にとって大きかった。事実これにより大きく戦況を優勢にできたのだから。

 大砲の先制攻撃に乗じて歩兵が突撃する。佐三は軍事に詳しくはないが、おそらく飛行機等の兵器がない時代において王道の戦略なのだろう。それ自体が悪いとは思わなかった。

 だがこの町の地理的条件を考えると話は変わる。南側に川と森、東西に平野が広がり、北部は山地が広がっている。これまで奇襲を受けてきたことを踏まえると、見晴らしの良い平野が一番安全でもあったし、兵力をいかんなく活用できた。

 そしてそこが落とし穴であった。

「普通は砲台が破壊されるとも思わないし、機関銃がこんなに丁寧に鹵獲されているとも思わないだろう」

 佐三の合図のもとでフィロが兵士達に命令を出す。けたたましい銃声と共に、走ってくる歩兵を片っ端から薙ぎ倒していった。

「……うっ」

 佐三はその凄惨な光景を見ながら吐きそうになり、必死の思いでそれを堪えた。そして同時にフィロにはその光景を見せないようにした。

 その地獄を見れば、二度とまともな夢を見ることができなくなるだろう。そう感じたからだった。

(だがそれでも……やらなきゃならない)

 自分は軍人ではない。訓練も受けていないし、帰る世界がある。腹に傷を負っているし、戦う義務もない。戦わない理由はいくらでも作ることができた。

 しかしこのままこれを放置すれば、彼等を素通りさせてしまえば、イエリナをはじめとするこの町の人間達のほとんどが死ぬだろう。それは戦う理由としては十分と言えた。

「フィロ、もう彼等に新しい命令を出すことはない。次の三十人を用意してくれ」
「分かりました。指示は先程通りでいいですか?」
「ああ。それで頼む」

 佐三がそう言うとフィロは地下牢へと向かっていく。

『向かってくる人間を一人でも多く殺せ』。それが今現在彼等にかけた洗脳である。味方殺しをさせることに思うところが無いわけではないが、相手も獣人を虐殺しているのだ。同胞を殺し合っているという意味ではお互い様だと思うことにした。

(クソッ……思考の幅が狭まっていく。これが戦場なのか……)

 佐三は既に冷静な思考力を失いかけていた。それは体力の限界によるものか、はたまた戦場の空気によるものか。もはやアドレナリンと闘争本能だけで指示を出していた。

(イエリナ……ベルフ……、皆……)

 けたたましい音の中で、かつて過ごした皆の顔が思い出されるように脳裏をよぎっていた。









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