異世界の愛を金で買え!

野村里志

それぞれの戦い

 










 それはきっと希望のようなものだったのだろう。


 かつてのように皆が笑い、楽しく暮らしていける。横には友がいて、愛すべき人がいる。そんな暮らしを夢見ていた。


 そんな希望があったからこそ、そんな人達がいたからこそ、酷い扱いにも耐えてくることができた。最後まで誇りを失わずに済むことができた。どんな形であれ縋り付く希望がある以上、生きていくことはできるのだ。


 例えそれが虚構であったとしても。






















「……良い月だ」


 人狼はそういった丘の上に座る。見上げた月は丁度満月であり、明るく自身を照らしていた。


「そうだな」


 アゾフが答える。


 佐三が来るのを待つはずであったが、マトが「呼びに行く」と行ったためにアゾフと二人でいつもの丘にやって来ていた。いつになく晴れているその空に月が美しく映えており、自らの帰還を迎えてくれている気がした。


「こんな風に二人で月を見たのはいつ振りくらいだったかな?」


 アゾフが笑いながらそう言う。人狼は「さあな」とだけ返した。


 しばしの沈黙。ただ優しく吹く春の風が二人の頬を撫でていた。


「なあ、アゾフ」
「何だ、ベルフ?」
「どうして俺を嵌めたりしたんだ?」
「っ!?」


 突然の言葉にアゾフは言葉を失う。人狼は何事もなかったかのように続けた。


「ずっと考えていた。何故俺はあのとき、悉く待ち伏せを受けたのか。何故俺の逃げ先に人間達が構えていたのか」
「ベルフ、俺は……」
「いや、いいんだ」


 人狼は静かにそう言うと話を続けていく。


「ずっと考えないようにしていた。考えれば必ずお前を疑うことになる。それだけはしたくなかった」
「…………」
「権力なのかプライドなのか、はたまた別の理由なのか俺には分からん。だが思うことがあるのだろう。それを今更問い詰めるつもりもない」
「ベルフ、俺の話を……」


 人狼はまっすぐアゾフを見つめる。鋭いその目はアゾフに語る言葉をもたせなかった。


「かすかだが、人間の臭いがする。遠巻きに俺たちを睨んでいる」
「そんな……」
「俺には分かる。それとな、アゾフ。お前だまされているぞ」
「どういうことだ?」
「こういうこと、だ!」


 人狼はアゾフを押し倒すように倒れこむ。そのすぐ後に銃弾が頭上を通り過ぎた。


「やったか!」
「仕留めるぞ!全員続け!」


 人間達が囲うように周囲から現れる。人数にして30人以上おり、誰もが銃火器で武装していた。


「あいつら、俺ごと……あっ!?」


 アゾフの言葉に人狼は鼻で笑う。そしてゆっくりと立ち上がり、大きく吠えた。




 アウォォォォオン!!




 そのけたたましい遠吠えはどこまでも響き渡り、森の中を突き抜けていくようであった。


(やれやれ、どうしてこうなるかね)


 周囲の人間は多数であり、非常に訓練されている。狩りの鉄則をよく分かっており、人狼が検知できる範囲には決して入ってはいなかった。


 しかしそれはあくまで人狼が警戒しない場合での話である。


 自分との別れ際、商人はわざとらしく自分に合図してみせた。一通り嘘をついた後で、「安全である」と。それが嘘ならば、その丘でこそ警戒しなければならない。


 だからこそ人間の存在を察知できた。彼等は臭いも音も気を使っていたが、それでも完全に消すことはできない。いることがわかれば殺気も感じ取れる。襲撃を躱すことなど、造作もなかった。


 衣服が破れ、月の中でそのシルエットが変わっていく。その白銀の毛並みが、月明かりを反射して輝いていた。


「い、生きているぞ!?」
「狼狽えるな、銃撃を浴びせろ!」


 人間達が銃を構え、次々に撃ち込んでいく。しかしその銃弾は当たることはあっても傷を負わせることはなかった。


「勝負だ、人間共!生きて帰れると思うなよ!」


 人狼はそう威嚇すると、風のような速さで丘を駆け下りていった。




















 狼の遠吠えが響く。佐三とマトはその頃付近の村までやってきていた。


「おっ。どうやら始めたみたいだな」


 狼の遠吠えを聞いて、佐三は森の方を見る。目の前にいる村人達は何事かと騒ぎ出した。


「あー、村の皆さん。落ち着いてください。貴方たちから金と食糧を巻き上げている連中が人狼にやられているだけですから」


 佐三の言葉に村人達はさらに動揺する。


「あんた一体誰なんだ?それにその……狼は……」


 村長らしき老人が佐三に尋ねてくる。


「ああ、こちらはあの森の人狼の方です。名は……えっと……」
「構いません、サゾー様。マトと申します。どうぞよしなに」


 マトはそう言うと頭を垂れる。巨大な狼が頭を下げているその姿に村人達はあっけにとられていた。


「……まあ、そういうわけで今後はあの連中とは手を切って、人狼の方々と協力してもらいたいんですよね」


 佐三は頭をかきながら話す。


「人狼と協力だと?」
「そんなことできるものか!」


 村の人間が口々に話し出す。新しいことに対する忌避感というものはどこであろうと変わらない。


 しかし佐三にはその程度のことは織り込み済みであった。


「しかし悪い話ではありません。食糧さえ渡せば、金はとりませんからあの賊まがいの連中に搾取されるより安上がりです。それに彼等自身も狩りには行きますから、何も食事の全てを面倒見ろというわけでもありません。何より人狼が守ってくれるのならば、これ以上心強いことはありませんよ?」
「む、しかしだね……」
「心配はいりません。彼女は人狼をとりまとめる族長の番です。信用はおけますし、言葉も通じます。それにあの連中に好き勝手支配され続けるのも良い気分はしないでしょう?」


 佐三の言葉に村長を含む村の重鎮達が考えだす。彼等にとってもあのヤクザまがいの連中は邪魔であることに変わりなかった。


「おい、だまされるなよ、長!」


 何人かいる男の一人が話し出す。


「あいつらがいなかったら、誰が他の連中からこの村を守ってくれるんだ?」
「それは……そうだが、この人狼の方々が守ると……」
「人狼が?馬鹿言っちゃいけない。こんな畜生共が約束なんて守るわけがない!」


 人狼を前に声高々に叫ぶ男。佐三はよく言えたものだと感心していた。


(まあ、しかしその程度のことも想定は済んでいる)


「こんな奴ら追い返して、さっさとあの森を……」
「随分と肩を持ちますね」


 佐三は話を遮るように口を挟む。


「っ!?」
「何か不都合なことでもあるんですか?」


 佐三はそう言いながらその男の表情を観察する。


「な、何が言いたい!」
「例えば、村の中に協力者がいて、村で不審な動きがあれば隠れてあの賊連中に告げ口する。そんな人間が村に紛れていたりすることはないですかね」
「何?本当なのか?」
「ば、馬鹿言うな!俺はそんなことはしていない」


 佐三がかけた疑いを必死で男は晴らそうとする。佐三は適当に疑いをかけて意見の効力を失わせればいいかぐらいに考えていたが、思いのほか図星をついているようでもあった。


「それに今まさに人狼を狩ろうとしているみたいですが、果たしてどうなるでしょうかね?」
「どういう意味ですかな?」


 村長が質問する。


「もし仮に負ければという話ですよ。もう既にあの森の獲物は少なくなりつつあります。あの方々が森を伐採し、獲物を乱獲したおかげで。人狼の方々もきっとお腹をすかせているのではありませんか?」
「そ、それは……」
「それに今ここにいるマトさん。彼女が帰ればこの村があの賊を援助していることがバレます。そうなれば……これ以上は説明がいりませんね」
「べ、別に私たちは援助しているわけじゃ……」
「人狼の方々からすれば、同じ事です」


 佐三はにっこりと笑いそう告げる。村の人々は皆口をつぐんで黙り込んでしまった。


「昔であれば、わざわざ人狼もこの村を襲ったりはしないでしょう。彼等は誇り高く、略奪をよしとはしない。しかし今は飢えており、背に腹は代えられない。しかもそこに反撃という大義名分まで加わるとしたら……」
「少なくともこの村はやられる、そういうことか」


 村長の言葉に佐三はおおきく頷いた。


「人狼の側からすれば森を守ることと、食糧を得ることの二つを同時に行えますからね。やらない手はないでしょう」
「……わかった」


 村長が力なくそう言うと、佐三はマトに目で合図をした。


「安心してください。森や動物たちが回復するまで、食糧の援助と伐採を止めていただければいいのです。そうすればこの村に協力は惜しみません」


 人狼であるマトの言葉を聞いて、村の人々は安堵したのであろう。大筋は決まったようであった。


「また、後日話をしに来ます。それから決めるのでも遅くはないでしょう。まだあの連中が人狼に負けると決まったわけでもないですから」
「わかりました」


 村長はそう言うと頭を垂れる。マトがそれに合わせる形で頭を下げた。




(さて、後はあいつがどうケリをつけるかだな)


 おそらくあの人狼は人間達に負けはしない。彼は賢く、自分の警告も理解しただろう。だからこそ問題はその後の処理である。


 親友と愛する者、そして自分自身の在り方。今まさにあの人狼の生き方が問われている。佐三はそう思った。

















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