異世界の愛を金で買え!
気高き白銀の奴隷
(しかし先立つものがないことには始まらないな)
佐三は今朝方数えた銀貨の枚数を思い出す。残った銀貨は250枚ほど。先程王都に入るのに10枚使ってしまったので残りはそれよりも少なかった。
勿論王都での働き口は確保してある。しかし王都の物価は外と比べてはるかに高く、働いているだけでは普段の生活で一杯一杯であった。
(一刻もはやくこの元手で金を稼ぐシステムを作らなくちゃな)
資本家の一歩目はまず他人に働かせること。佐三は重々承知していた。
佐三がそんなことを考えながら王都を散策していると市場の端、普段は空き地になっている場所に人だかりができている事に気付く。 普段にはない熱狂であり、何かしらの催し物が行われているようだ。
(なんだ、あれは?)
佐三は掏りにあわないように袋をきつく縛り、自分の前に抱くようにもつ。そしてぐいぐいと人混みの中へと入っていった。
「さあさあ、皆さん!今日は掘り出し物がたくさんありますよ!」
人混みの中を上手く前へと進んでいくと、何やらオークションのようなものが行われているようであった。佐三はなんとかこの目で見ようとさらに前へと進んでいく。
「こちらは○○族で………で、いまなら銀貨200枚で……」
(なんだか早口で聞き取れんな)
佐三は聞いていても埒があかないとさらに前進する。そして視界が開けたとき、佐三はおおよそのことを察した。
「はい250枚!さらに上の額を出す人は……」
佐三は盛り上がる聴衆を冷ややかな目で見ながらその様子を見物する。これは奴隷のオークション会場なのだろう。首に鎖をつけられた人間が並ばされ、順番に前へ出てきている。そしてそんな連中を身なりのいい連中が買っていく。
(やれやれ、品がない)
佐三は別に現代人の人権感覚を彼等に押しつけようとは思わなかった。人権とは歴史を経て確立してきたものだし、戦争に参加するようになって初めて得た民衆の権利だ。基本的人権なんてそもそもここ二百年程度の話でしかない。歴史的に見てもレアなケースなのだ。
しかしそういった認識と今ある現状に嫌悪感を抱くことは別に矛盾しない。佐三は手前勝手な人権を持ち出そうとは思わなかったが、それを見ていて気持ちの良いものだとも思わなかった。
(まったく、本当に下らないな……ん?)
そんな風に思いながらも、佐三は途中であることに気付く。それは奴隷達の特徴が普通の人間のそれと違ったことである。耳や爪、人によっては尾のある者までいた。
「なんだ、あれは?猫の耳が付いているぞ。犬の耳もだ」
「ん?なんだあんた。知らないのか?」
佐三の独り言をきいた隣の男が話しかけてくる。
「ありゃ、獣人って言うんだ。なんでも動物の特徴を持っている人間らしい」
「そうなのか」
「ああ。よく働くし、便利らしい。特に女の獣人は美人が多いって評判だ。だから一部の金持ちには人気なんだ」
「へー」
「田舎じゃけっこういるらしいが王都じゃ珍しいからよ。こうやっていろんな連中が見に来ているんだ。あんた、知らなかったのかい?」
「ああ。初めて見た」
佐三はそう答えながら辺りを見渡す。その稀少性からは獣人の女性は貴族らしい人間達から高い金で購入されていた。
(雄……一応男としておくか。男は随分と値が崩れるみたいだ)
佐三は注目したのは男性の方であった。もし獣人が人と同様の知性を持つのであればそれだけで労働力として価値がある。あるいはもし知性が劣っていたとしても、それを上手く利用して労働力とする手はある。いずれにせよ金の臭いがしたのは安く買いたたかれている男の獣人であった。
(獣人の相場を調べても良いかもしれないな)
佐三がそう考えていたときであった。
アウォオオオオオオオンン
けたたましい叫び声が広場に響く。むしろそれは遠吠えと言うべきだろうか。王都中に響くようなけたたましい獣の声であった。
「何勝手なことをやっているんだ!63番!」
見ると一人の男がもだえている。徐々に毛が生え、獣のように暴れていることからもほや一匹と呼んだ方が良さそうではあった。
「おどろいたな、ありゃ人狼だよ」
「人狼?」
隣の男が佐三に話してくる。
「ええ。私も初めて見ました。見てください、あの人狼の手足にかけられた鉄の輪を。内側に向って尖ってます。狼になると大きくなるもんであれが体に食い込み、刺さるんです」
その男はもだえながら両手両足、それと首から血を流している。そしてその痛みにもだえるように体をばたつかせていた。
「まったく、何しているんだ」
奴隷商はそう言うと何か針のようなものを取り出しその人狼に近づいていく。
「ウッ……」
「手こずらせやがって、こいつ……」
何か薬のようなものを打ったのだろうか。その男は次第に沈静化した。
「いやはや、お騒がせしました。一応この人狼も私どもが捕まえてきた商品です。興味のある方がいれば、ご案内しますよ」
奴隷商はにこやかに言う。しかし勿論のこと、誰も手を上げる者はいなかった。奴隷商は慣れているのかすぐに先程のテンションで女子供を売り始めた。
「あれ、もう帰るんですか?」
佐三は後ろから声をかけてくる男に振り向かずに手だけを振る。例え買ったとしてもすぐに逃げられては意味がない。奴隷を買うのは労働力を手にするのに手っ取り早い方法ではあったが、その管理には確かなコストがかかるのだ。
奴隷であっても食費や住居費はかかる。病気になる可能性だってある。それに対してきちんとリターンが見込めるかは分からない。リスクの高い人材を忌避するのは、新卒でも奴隷でも同じであった。
(ここは手堅く、どこかの商人の元で働いて、機を見て独立すればいいかな。結婚したら帰れるとは言っていたから、適当に結婚してもいい気が……)
佐三はそう考えつつも、その考えは否定した。あの神と名乗る光の物体が本当のことを言っている保証などないのだ。安易に結婚して、「はい帰れませんでした」では済まされない。佐三はここにおいても冷静であった。
佐三が王都を歩いて行く。
先程見た人狼をその右腕とするのはもう少し先のことであった。
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