異世界の愛を金で買え!

野村里志

はじまり











 事の始まりはナージャにされた質問からだった。


「ねえ、サゾー様」
「なんだ?」
「サゾー様は、昔はどんなことをしていたの?」
「んー?そうだな」


 きっと少女らしい咄嗟に出てきた疑問だったのだろう。俺は適当に「まあ色々やってたかな」とだけ返した。


 しかしナージャはそれでは満足がいかなかったのか、「教えて教えて」とせがんでくる。俺はしょうがないから今日の夜にでも話してやるとだけ言ってその場をおさめた。


 仕事もあるし、別に面白い話でもない。


 俺はそんな風に思いながらこの世界に来た頃のことを少しだけ思い出した。






























「なんだここは?」


 佐三は自分が思いがけない場所にいることに困惑する。辺り一面何もなく、気がついたら自分はそんな場所に寝転がっていた。


 今日はたしか株主総会があった。そこまでの記憶は鮮明であるが、その日の夜ベッドに入ってからは記憶がない。


 周囲は白いばかりで何もない。そんな見たことも聞いたこともない空間に突如として光の塊のようなものが表れた。


「はじめまして、松下佐三」
「何だお前は?」


 佐三は急に話しかけてきた光の塊にとりあえず返事をする。はたからみればおかしな人間であるが、手がかりがない以上会話するほかなかった。


「説明は難しいが、私は君たちでいうところの『神』に近い存在だ」
「……」
「疑うのは構わない。だが君はこれから異なる世界へと送り込まれることになる」
「……」


 佐三は何も言わずに自分の頭を殴る。痛みは感じることから夢ではない。だが精神的に操られていたり、何かの装置を脳に組み込まれている可能性も考えた。


(これは夢で、現実で俺の脳が電極に刺さっている口か?それとも何か別の哲学の思考実験みたいなものが現実で起きているのか?いずれにせよゆゆしき事態だな)


 佐三は今から自殺したらどうなるかを考えてみる。何かかわる可能性はあるが、それを行うには不確実なことが多くリスクが大きかった。


 佐三があれこれ考えていると『神』をなのる光の塊が話を続ける。


「私は信心深い君の両親の願いを受け、君を別世界に飛ばす。もっとも別世界とは君に分かりやすいように便宜的に使っているだけで少し事実とは違うが」
「……親?」
「そうだ。その世界では自由に生きてもらって構わないが、もし帰ってくる意志があるなら条件がある」
「……一応聞こう」
「『真に愛し合える花嫁をみつけること』だ」
「…………」


 吐き気がする。佐三は心底からそう思った。


 まず第一に引っかかったのは親の願いという部分である。親が一体自分に何を願う権利があるというのか。もしくは自分のために何かを願うというのか。いずれにしても滑稽である。


 第二に引っかかったのは真に愛し合える花嫁という部分である。花嫁?つまりは伴侶であろうか。そんなものに一体何の価値があるのか。ただのリスクでしかない。それに今や地球上で人口は溢れているのだ。子供などいなくても勝手に増える。ますます結婚などという意味はわからない。


 そして何より気にくわなかったのはこの二つが合わさったことである。両親は愛について願ったのだろうか。佐三からしてみればどの口が言うのかという話である。


 もっともこの光のうさんくさい物体がどこまで本当のことを話しているかなど分からない。しかし佐三の神経を逆撫でたことは事実であった。


(まあいずれにせよこのよく分からない場所にいる限り死んでいるも同然か)


 佐三はとりあえずそう考え、光の塊に話しかける。


「その花嫁というのに条件はないんだな?」
「愛し合っているのであれば問題はない」
「そうか。わかった、飛ばしてくれ」


 佐三はそう言って腕をくみながら光の塊を睨み付ける。きっと光の塊からすれば佐三の様子は随分と聞き分けがよく映っただろう。しかしこれは今の現状を分析すれば選択肢のないことでもあった。


 自分が一体どういう状況なのかはわからない。この存在がなんなのかも。何故こんな夢のようなものをみているのかも。既に佐三にできることなど知れているのである。


 しかし経営者の性であろうか。この謎にそこまで深入りする気にはなれなかった。第一に経営者はリスク、つまりは不完全性の中をすすむ人間である。集められる情報と迅速な決断を常に天秤にかけながら動かなければならない。物事に勝つのは常に動いた人間であることをよく知っている人種なのである。


 だから動かなくてはならない。この光がなんなのか、それすらわからなくても。選択肢が限られている以上判断は速かった。


 光が佐三の体を包んでいく。何もかも謎だらけではあるが、自分にできることがない以上は賽を振るしか方法はない。佐三はただ静かに光に溶けていく感覚を味わっていた。
























 気がつくと佐三は藁の上にいた。牛小屋なのだろうか。あたりは家畜特有の臭いがして佐三は咄嗟に鼻をおさえた。


(まったく、何て臭いだ。やはり慣れていないとこういう臭いはくるものがあるな)


 佐三はそんなことを考えながら自分の様子を確認する。見ると自分はスーツを着ており、自分が最後に覚えている記憶の状態とまったく同じ格好をしていた。


 不意に小屋のドアが開く。少年が一人ぽかんとした顔でこちらを見ていた。そして少しして少年は冷静になったのか慌てて大声で何かを叫びだした。


(おそらくこの農家の少年だろう。親でも呼んでいるのだろうか)


 佐三はゆっくりと立ち上がり、少年へと近づく。堂々と威厳のある様子で歩みを進めた。


(喋っている様子からして、おそらく言語は通じなさそうだな)


 佐三はそう考えより所作に注意する。言葉が通じないのであれば、表情やその仕草で伝えなくてはならない。そのためにも相手に警戒心を抱かせないように、それでいて嘗められもしないように振る舞わなくてはいけない。


 一体何故このような状況にいるのか。ひょっとすると悪い夢なのではないか。佐三はそんなことを一瞬考えるも、すぐに棄却した。今ある状況、今ある事実、それを受け容れて進まなければいけない。例え夢なのであっても自分が自分である以上、それは変わらない事実なのである。




 異世界での生活がはじまった。











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