異世界の愛を金で買え!

野村里志

抱きしめたぬくもりに













「やめといた方がいい。銃弾はこの狼には効かないし、何より一発あてる間に王妃を三回は噛み殺せる」


 佐三は銃を構える男達に言い放つ。男達はそれでも警戒は解かなかったが、王妃が手で合図したことで銃を下ろした。


「賢明な判断だ」
「…………」


 王妃は何を言うわけでもなく、佐三を睨んでいる。佐三と、そして自分への怒りがあるのだろう。悠長に佐三に付き合って長話をしたせいで、この事態を招いてしまっている。半分の責は王妃自身の慢心にあった。


(もっとも俺が長話をするように仕向けたわけだし、そもそもベルフみたいな化け物じみた仲間が来るとも思わないだろうがな)


 佐三は一度大きく深呼吸をする。そして王妃に背を向けると、フィロに手を差し伸べた。


「さあ、後は君の好きにしろ」


 佐三はフィロを立ち上がらせると、転がっている自らの銃を拾う。、銃弾を込めてフィロに手渡した。


「親子二人で話をさせたい!従者の方々はもう十歩ほど後方に下がられたし」
「何を………!?王妃殿下、よろしいのですか?」


 王妃は黙って制止して、頷く。男達はそれを見て、ゆっくりと後ろに下がり始めた。


「貴方も勿論、さがるのでしょう?」
「当然です」


 そう言って佐三は後ろに下がり、ベルフの横に腰を下ろす。そして持ってきていた保存食用の干し肉を取り出してベルフに与えた。


『……もうないのか?』


 ベルフは一瞬にして平らげて佐三に聞く。佐三が「我慢しろ」とだけ言うと、ベルフは残念そうに膝を折り、地面に伏せた。


 その隙を見て一部の男がベルフに銃を向けようとするが、それよりも先に佐三の鋭い視線が彼等を射貫く。男が一瞬ひるみ、再びベルフに視線を向けると、牙をむきだしたベルフがうなり声をあげていた。


『一歩でも動けば殺す』ベルフの瞳がそう伝えていた。


「やめなさい。やるだけ損を被るのはこちらよ」


 王妃が言う。彼女は冷静だ。佐三はそう思った。


「…………」
「…………」


 二人が対峙する。


 佐三は黙って事の成り行きを見守った。
















『サゾー、大丈夫なのか?』


 ベルフが佐三にだけ聞こえるように話す。


『どっちも相手に殺意を持っているんだ。どちらか、下手したら二人とも……』
「さあ、わからん」
『わからんって……』


 佐三の返答にベルフが困ったように返す。しかし佐三はなんら心配することなく、二人をみつめていた。


「世の中、なんでもかんでも上手くいくものじゃない。だからこそ落としどころが必要なんだ。それは当人達に決めてもらうしかない」
『どういうことだ?』
「望み通りに行かなくても、代わりの手段があるってことさ」


 佐三が続ける。


「例えば同じ人を好きになったとして、どちらかは結ばれない。だからといって人生が終わるわけではないだろう?どちらかが手を引くか、両方手を引けば良い」
『……それと今回の件が何の関係があるんだ?』
「親だろうと、好きな相手だろうと、代わりを見つけりゃ良いって話だ。あの王妃は王に執心のあまり娘さえ殺そうとしている。フィロも母親なんて忘れて遠くで生きれば良いのに、復讐だなんだと言っている。……馬鹿な連中さ」


 佐三はそう言いながら自分のことを振り返る。母も父も、もう何年も連絡をとっていない。しかしこうして生きているのだ。代わりがないものなんて存在しない。


 もし仮にもっとも代わりが効かないものがあるとしたら、それはきっと『金』だろう。何にでも代わりが効く点で、他とは違う。それ故に金はそのまま『パワー』になる。


「本当に……馬鹿な連中だ」


 佐三はそう言うと、手に「はあ~」と息を吹きかける。その白い息はわずかばかり佐三の手を温めてくれるが、佐三の手はすぐに寒波の中でかじかみ始めた。
















 暗い森の中、フィロは自らの母と対峙する。顔を見るのはいつ振りだろうか。最後に見たのは王と自分が一緒にいるのを見つけた、あの憎悪に満ちた顔だった。


「………」
「………」


 二人は何も言わない。ただ静かにお互いを見つめている。


「……何しに来たの」


 先に口を開いたのは王妃の方であった。


「あれだけのことをしておいて、どの面を下げてここにいるの?」
「………」


 フィロは黙って俯く。自分が何を言いたくて、何をしたいのか、それが定まらないでいた。


「まあ、いいわ」


 王妃は短銃を地面に捨てる。そしてしっかりとフィロの方を見た。


「殺しなさい。その手に持った、あの男の銃で」
「っ!?」


 フィロは手にした短銃を見つめる。佐三に渡されたその短銃がわずかに月明かりを反射していた。


「はあ、はあ、はあ」


 フィロはゆっくりと銃を構える。目の前に立つ王妃の、その中心に向けて。


 自分を見捨てた、母親に向けて。


「ねえ、母様」
「何?」


 フィロが質問する。


「母様は幸せだった?」
「………」
「………」


 二人の間に少しばかりの風が吹く。佐三は二人が何を話しているのかは聞き取れなかった。


 しばらくして風が止む。そして静けさの中に再び二人の声が聞こえ始めた。


「そう」


 フィロが話す。そしてゆっくりと銃口を自分のひたいへともってきた。


「よかった」


 フィロはそう言って引き金を引いた。






















 再び森に静寂が訪れる。誰も言葉を発することなく二人の様子を見つめている。


 男達は既に銃を下ろし、戦闘態勢を解いていた。松明たいまつに火を灯しぼんやりと自らの主をみつめている。


「あんた、こうなることを見越していたのかい?」


 佐三の銃を撃ち落とした猟師風の男が近寄ってくる。彼はもってきていたパイプに火を付け、一服始めている。


 佐三はおどけたように両手の平を見せ、「さあ」とばかりのジェスチャーをした。


 静かな森の中で、徐々にすすり泣く声が聞こえ始める。むろんそれは今目の前で倒れ込んでいる泣き声であった。


「ははさま、ははさま……」
「フィロ、フィロ!」


 二人が抱き合って泣いている。生きていることを確かめるように、互いを強く抱きしめていた。


 結果として銃弾は放たれることはなかった。銃を撃つよりも速く、王妃が飛びつき制止したのだ。


 王妃がフィロを殺そうと思っていたこと、それは本当であろう。きっと最後の一瞬までそうだったのだ。ただそれでも、娘を愛す気持ちが無いわけでもなかった。今までは王への想いと、娘への想いが板挟みにあり、その中で夫をとっただけなのだ。ただそんな中で最後の最後に本能的に身体が動いてしまった。それだけである。


 フィロの方はもっと単純だ。母親に振り向いて欲しかった。それだけなのだ。だから母に恨まれたとき、支えを失った。だから復讐するという名目でしか生きることはできなかったのだ。何のことはない、少女の甘えである。


「人間、何かを恨んでいたとして、それが100%そうであったかどうかはまた別の話ってことかい?」


 猟師風の男が佐三に聞いてくる。佐三は何を言うわけでもなく転がっている自分の銃を拾い上げた。


 、その銃は衝撃で故障しており、引き金が引ける状態ではなかった。


「……本当に馬鹿な連中だ」


 佐三が呟くように言い放つ。


 一人に依存しすぎるから、娘にさえ嫉妬し、殺そうとする。


 一人に依存しすぎるから、自縄自縛になって最後には自ら命を絶とうとさえする。


 佐三はそんな二人を頭の中で軽蔑していた。


 しかし自分の中にそうではない感情があることも佐三は気付いていた。そうであることを絶対に認めはしないが、それでも本能では分かっていた。


 心の部分では、はっきりと彼女たちを羨ましく思っていたのだ。


「……馬鹿な奴らだ」


 佐三はもう一度二人を見る。自分はこうなることを予見していただろうか。こうなることを期待していたのだろうか。自分でもよくわからなかった。


 その一方で母を撃つフィロを期待していた自分がどこかにもいる様な気もした。そうであれば自分の考え方が、間違っていないことを証明できる。自分を支えているその哲学のようなものをさらに安定させることができるのだ。


 しかしそうはならなかった。


 再び風が吹く。冷たい風は佐三の体温を簡単に奪い去る。


 佐三適当な枯れ木を集め火を付けた。彼女たちはまだ泣いている。今しばらく時間がかかるだろう。寒いのによくやるものだ。佐三はそう思った。


「ふー、寒い寒い。やはり火こそが文明の力だな」


 佐三はそういって火に当たり暖をとる。




 佐三が火にかざしたその手は、一向に冷たいままであった。











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