異世界の愛を金で買え!

野村里志

雄弁は金、静寂は銀









「その女を渡してもらおう」


 王妃が佐三に要求する。彼女は深いフードを被り、森林でも動きやすい厚底のブーツのような靴を履いている。ズボンを履くことなど宮廷ではなかったであろう。


しかしそんな闇に紛れ、獲物を襲う狩人のような格好をしていても、彼女の所作一つ一つに優美さが感じられた。


「嫌だと言ったら?」
「別に構わない。貴方ごとこの森で抹殺する……それだけよ」


 王妃は低く威厳をもった声でそう告げる。彼女は合理的で、理知的だ。それでいて冷静でもある。佐三はそう感じた。


(まいったな。取り付く島もなさそうだ)


 佐三はおもむろに地面に座り込んだ。


「わかった。俺の負けだ」


 佐三は手を上げて戦う意志がないことを示す。そのあまりにも早い身の翻し方に周囲の人間はおろか、となりにいたフィロさえもぽかんとしていた。


「貴方、舌の根も乾かぬうちに私を見捨てるわけ?」


 フィロが問いかける。


「そりゃ、銃を構えられては話もできないだろ?」
「あきれた。ちょっとでも貴方を信じた私が馬鹿だったわ」
「馬鹿とはなんだ。助けようとしただろ?」
「でも今まさに見捨てようとしているじゃない!」


 子供じみた言い争いがはじまる。それを見てか王妃の銃兵達も銃を下ろした。佐三は周りの空気が弛緩し始めていることを察した。


 佐三は立ち上がり、再び正式な作法で王妃に向かい跪く。


「王妃様、私に敵対の意志はございません。しかし1つだけ質問させていただくことをお願いしたい」


 佐三は王妃に向って話しかけた。


「貴様、立場がわかっていないのか!」


 男の一人が佐三に向って、怒鳴りつける。しかし王妃はそれを手で制止した。


「いいでしょう。礼法をわきまえている以上、私にも聞く義務があります」


 王妃がそう言うと、部下の一人が王妃の元に近づいていく。そして小さな声で密談をはじめた。


「いいのですか?何か企んでいるやも……」
「大丈夫ですよ。周囲には私たちの部隊が大勢います。誰か応援に駆けつけようものなら一瞬で分かります。それに彼は一人。武器を持っているかも知れないけど彼が撃つ前に私たちの銃兵の方が速く彼を撃ち抜けます」


 いくらか話すと、部下が再び後ろに下がる。そして佐三に対して再び警戒を強めた。


佐三は頭を下げたまま、「ありがとうございます」と返答した。


(多少危ない橋ではあったが、やはりのってきたか)


 佐三は思考を巡らせる。


 彼女が話に乗ってくるかどうか、それはある種の賭けではあったが、それでも勝算のある賭けだった。自分は明らかに弱いことをみせる一方で、服従の意志も見せた。そんな人間を一方的に攻撃することは高貴なる身分としてふさわしいものではない。


勿論この場所には彼女の臣下以外存在しない。佐三の話を無視して、一方的に殺害しても誰も彼女を咎めないだろう。しかしそれだからこそそういった威厳にかかわる行動には細心の注意を払っているのだ。彼女は部下からどう見られるのかをよく分かっている。


(だが、それこそが命取りだ)


 佐三は頭の中で何を話すべきかを考える。自分は今、命をかけてテーブルに着いている。無論そうある経験ではない。しかし経営判断では常に自らの人生を賭してきたと佐三は自負している。その自負がどこまで本当か、その経験がどれだけ本気であったのか、真価が問われている気がした。




















「その前に火をおこすことを許可していただけないだろうか?」


 佐三が問いかける。


「何故だ?」
「彼女は寒さで弱りきっている。もしここで死ぬにしても、せめて最後に苦しみは減らしてあげたい」


 佐三はそう懇願する。王妃は黙って「許可する」とだけ答えた。


 佐三はその辺りにおちていた枯れ木を拾い、火を付ける。乾いた木は簡単に燃え、一時的な暖かさを彼女にもたらした。


「それで、質問は述べなさい?」


 王妃が問いかける。佐三はゆっくりと、かつ堂々と質問した。


「王妃様に質問させていただきます。彼女を抹殺せんとする、真の理由をお聞かせ願いたい」


 佐三が頭を垂れる。


「お主が知っているかどうかは分からぬが、彼女は王を誑かした大罪人だ。元々は処刑される予定のはずが、王の慈悲で追放となったのだ」
「ならばそのとおり追放の処分では問題ないのではないでしょうか?」
「しかしそれはあくまで表向きの話だ。王は優しすぎる。それ故に私が出向いたのだ。けじめをつけるために」
「それでは王の命に背くのではありませんか?」
「王に伝わらないのであればそれは問題ない」


 話が続いている。佐三はここでさらに一歩踏み込むことにした。


「それが実の、娘でも。ですか?」
「……っ!?貴様、それを知ってて……」


 彼女の表情が一段と険しくなる。しかしそれは佐三も臨むところであった。


(そうだ。怒れ、そしてもっと俺と話せ)


 佐三は質問を続ける。


「彼女の説明では、彼女はあくまで王に迫られたと言っています」
「かような女がよく使う言い訳だ!」
「だとしても彼女のように多くの貴族から言い寄られるほどの女性が、何故王に?親子ほど年が離れているにも関わらず」
「黙れ!権力に惹かれたのであろう。それと王の人格にもか」
「王の人格?これはまた不思議なことを」


 佐三は更に煽り続ける。


「王がそのようなお方でないことなど、王都の人間なら皆が知るところです」
「貴様!王を侮辱したな!」


 王妃は銃を抜き、佐三に向ける。しかし佐三は声色をかえることなく話し続けた。


「貴方自身気付いているでしょう。王の過ちを。彼は王としてではなく、一人の男として、彼女を押し倒そうとしたのですよ」
「貴様ぁ!」


 バアンという銃声が響く。銃弾が佐三の足をかすめていた。


(かすった、だけか?だとしても銃弾の威力ってのは恐ろしい。ベルフがいかに強靱か分かった気がするぜ)


 佐三は衝撃で膝をつく。そしてゆっくりと足に力を入れて、立ち上がった。


 隣に座るフィロを見る。フィロは既に火なぞ気にすることはなく、ただ佐三の方を心配そうに見つめていた。


 その美しい青い瞳は『もういい』、そう言いたげな眼をしていた。しかし引き下がるといる選択肢は佐三にはなかった。


「この銃は二連装だ。次は頭を正確に撃ち抜く」


 王妃は息を切らしながら告げる。良い感じに頭に血が上っている。佐三はそう思った。


「もう一度だけ聞く。貴方は王に対してその認識を改める気はないのだな」


 王妃が聞いてくる。首を縦に振ればおそらくは殺される。佐三にもそれは重々分かっていた。


 しかしもう命乞いの必要はなかった。三度の銃声、それはこの静かな夜にとっては十分すぎる印であった。


 寒い風が吹き荒れる。その風はフィロを暖めていた火を消し、周囲に再びの闇をもたらした。


 月明かりが木々の間から差し込んでいる。すると1カ所だけ、暗闇の中に銀色に揺れる何かがあった。月明かりを反射させ、白銀の光が煌めいていた。


「斥候を置いていたみたいだが、流石に風は捕まえられないみたいだな」


 佐三が言う。風に揺られ、白銀の光が揺れている。それはさながら銀色の風が吹いているようであった。


 佐三の銃を撃ち抜いた男がいち早く気付き、銃を向ける。しかし目にも止まらぬ速さで吹き飛ばされ、銃を落とした。


「な、なんだ!?」
「撃て、撃て!」


 幾人かの男が慌てて銃を撃つ。しかしその弾丸は何に当たるわけもなく、森の中を飛んでいく。そして撃った本人も次々と吹き飛ばされていった。


「ベルフ、もういいぞ」


 佐三の言葉に、風が止む。そして月明かりに照らされている佐三の横に大きな狼が現れた。


「普通の狼ではない……人狼か!?」
「その通りです、王妃様」


 アオォォォォン!!


 ベルフが大きく遠吠えを行う。今の戦闘と相まって、それは相手の戦意をくじくのに大きく作用した。


 王妃が咄嗟に銃を撃つ。しかしベルフに命中するも、ベルフは何食わぬ顔をしていた。


「これで弾を込める必要ができましたね」


 佐三が言う。形勢は逆転した。そのことを言外に伝えていた。


「聞いたことがある。人狼を従え、飛ぶ鳥を落とす勢いで商売を成功させているという商人を」
「王妃殿下にも伝わっているとは……光栄です」
「お前がかの『人狼憑き』か?」
「はい」


 佐三は堂々と振る舞い、自らの名を名乗る。


「松下佐三と申します。以後お見知りおきを」




 佐三は再び頭を垂れ、そしてゆっくりと立ち上がった。











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