異世界の愛を金で買え!

野村里志

搦め手









 奴隷商人との挨拶を終えて、佐三とベルフは王都の酒場に来ていた。そこは大衆向けの酒場で、労働者階級の人間がごった返ししている。佐三としても此方の世界で酒を飲むのは久しぶりであった。


「しかし、サゾーいいのか?」
「何がだ?」


 ベルフが質問してくる。


「そりゃあの女のことさ。フェロウ?フィロ?なんだか忘れたが、処刑はもうすぐなんだろ?」
「そうだな」


 佐三は変わらない様子で酒を呷り、注文した料理を食べる。ふかしたジャガイモみたいなものだろうか。佐三はそれが何であるのか分からなかったが、それなりの味に満足をしていた。この世界に来た頃は食べるもの全てが味気なく感じたが、今はこの世界の料理にも満足している。


「なあ、ベルフ。今回の目的はなんだ?」


 佐三が唐突に聞いてくる。


「そりゃお前が決めることだが、今回はその王族様の救出だろ?」
「そうだ。だが厄介な点がたくさんある」
「厄介なこと?俺を連れてきたんだからてっきり処刑場に乱入してかっ攫っていくのかと……」


 佐三が首を振る。


「それが厄介な点だ。今回ばかりは暴力による解決は望ましくない。無理に救出すれば王族と真っ向からぶつかることになる。これは今後も考えて避けておきたい」
「それは……、そうだな」
「じゃあ取引でどうにかなるかと言われると、それも難しい」
「何故だ?」
「彼らはフィロを処刑することで手打ちにしようとしているからだ」


 佐三は料理を口に入れ、酒で流し込む。


「随分難しいことを考えているんだな」


 ベルフは鶏の丸焼きを頬張りながら話す。それは既に三羽目に入っていた。


「しかしそんな細々こまごましたことよく考えていられるな」
「別にそんなに難しい話ではない」
「そうか?」
「ああ。一見複雑そうに見えても、やることは単純。要はそれぞれの利害や目的を整理するだけだ」


 佐三が話を続ける。


「王が気にしているのは体裁。正直処刑することには後ろ向きだろう。自身が手を出そうとしたんだからな。そして他の王妃はとにかく彼女を排除したいだけだ。万が一フィロと王がそういうことをして、子供を身籠もったりしてみろ。王位継承はややこしくなる。だからそういう可能性のある若い女はできるだけ排除しておきたい」
「なるほど……ん?待てよ、ということは……」
「ああ、別に誰も彼女を殺そうなんて思っていないんだ。ただ罪を被っていなくなってくれればいい。それだけさ」


 佐三はそう言って策を練り続ける。ただこの視点には二つの重要なプレイヤーが欠けていた。


(問題はフィロ、そしてその母親の思考だ。まずフィロの方は、生きることを捨てている。彼女はきっと復讐をすることを目的になんとか生きながらえてきた。もしかしたら学者の人達のことも気にかけていたのかもしれない。だがその両方の柱を俺が折った。復讐は頓挫し、学者は無事。きっと彼女の中で何か諦めがついたのかもしれない)


 佐三はまた少し酒を呷る。


(それに問題はまだある。彼女の母親……第三王妃が明確な殺意を持っている可能性がある。体裁を考えて、わざと娘に激昂したという線も考えることはできるが……フィロの様子を見る限りだとそうではない可能性が高いな)


 佐三はただ黙ってアルコールを少しずつ入れていく。痴情のもつれ、愛憎の問題。こればかりは簡単に整理できる利害ではなかった。


ベルフはそんな佐三を見ながら特に何をいうでもなくただひたすらに食事を続けている。


「おっと」


 酔っ払った男が足をもつれさせ、バランスを崩す。手に持っていた木製のジョッキから酒が飛び出し、一部ベルフにかかった。


「お、すまねえ」
「……」


 ベルフはただ静かにその男を一瞥すると、軽く鼻息をならしてすぐに視線を戻した。「相手にする価値もない」。ベルフはそう判断したのだろう。


 しかしその対応はまずかった。


「なんだ、てめえ」


 その見下された態度が気に入らなかったのだろうか。男が逆に突っかかってくる。ベルフはまるで相手にせずただ静かに食事を続けていた。


「てめえ、無視すんじゃ……」
「まあ、まあ落ちついて」


 佐三が立ち上がり、男をなだめる。


「うちの奴の態度が悪くてすいません。まあお互い非があるわけですし、そのこぼれた分一杯おごりますから、楽しく飲みましょう」


 佐三はそう言うと銀貨を彼の手に握らせ、席に返した。


「……何故だ?」
「あ?」
「何故金を渡す?こちらに非は全くなかっただろう」


 ベルフが質問する。


「そりゃ100対0で向こうが悪い」
「ならなんで……」
「ただ面倒事は御免だ」


 佐三がきっぱり言う。


「多少こっちにマイナスが出ても、それ以上のマイナスが出ることを防いだ方が良い。今の場合だったら相手をなだめたり、おだてたりすることでな」
「では何故金を渡す?」
「簡単だ。俺だったらその時間や労力でそれ以上の金を稼ぎ出せる。金で買える時間は、買った方が良い。アイツをなだめるのに時間を使うぐらいなら端金をくれてやればいいのさ」
「…………」
「落としどころだよ。落としどころ」


 あっけらかんとそう言う佐三にベルフはどこか理解しかねていた。いや理解は薄々できたのだろう。しかし納得ができなかったのだ。非のない自分が損を被るということに。


「……理不尽だ」
「ああ。まったくもってね」


 ベルフの言葉に佐三が返答する。


「ただ金は便利だ。多くのことを代替してくれる」
「ちょっと待てサゾー。代わりがきくというのは良くないことではなかったのか?」
「そうだ。だが代わりが効き過ぎるが故に、代わりがきかないんだ」
「……どういうことだ?」


 ベルフが少し困惑した様子で質問する。


「金は何にでも交換可能だ。だが何にでも交換可能なものは金以外にない。だから金は『パワー』なのさ」
「わかるような、わからないような」
「まあ買える時間は買っておけってことさ。買うことのできない時間もあるからな」


 佐三はそう言って酒を飲み干す。ベルフの食事が終わっているのを確認し、店主に金を払った。


「さあ、行こうぜ。ベルフ……」


 佐三が立ち上がり店を出ようとすると、先程とは別の男に酒をかけられる。男はニヤニヤと笑っており、先程の男の様子を見て舐めてかかってきていることが見て取れた。


「おっと、すまねえ俺にも酒をおごってくれねえかな」
「…………」


 佐三は振り返り、ベルフに話しかける。


「ベルフ、金は『パワー』をもつが、別になんでもかんでも金を使えば良いって問題じゃない。利害や目的を考えなきゃな」
「ふむふむ」


 ベルフが相槌をうつ。


「例えば俺たちはもう食事も終えている。ここにとどまる理由がない。彼をなだめる理由も、当然ないな」
「……成る程ね」


 ベルフは軽く肩を回す。佐三の意図は十分に伝わっていた。


「……やれ。店に迷惑をかけない程度に」
「了解」
「へっ?」


 ベルフの拳が目にも止まらぬ速さで男の顔面を捉える。男は吹き飛び、酒場の壁にうちつけられた。


「なんでも暴力で片がつくなら、それはそれで楽だけどな。世の中そんなに単純じゃないんだな」
「……まあ俺もすっきりはした。これも落としどころだな」
「ははは。違いねえ」




 ベルフの言葉に佐三は笑うと、ゆっくりとした足取りで酒場を後にした。









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