異世界の愛を金で買え!

野村里志

王都へ











「しかし案外変わらないものだな。王都ってのも」


 佐三は近隣の山の麓から王都を見渡して、ベルフに話す。ベルフはここまでの長い道のりで少し疲れたのか興味なさげに水筒から水を飲んでいた。


「まったく、何故俺がまた人を乗せなきゃならんのだ……」
「だから悪かったって。きちんと王都でごちそうしてやるから」
「それにしたって馬車を使うなり……」
「しょうがないだろ?これはあくまで俺の私事で来ているんだ。町の金を使うわけにもいかない」


 佐三の言葉にベルフは再び水を飲む。この雇用主は人使いは荒いし、人としてもどうかと思う部分は多い。しかしそれでもベルフが契約を結んで以降彼についていくことを疑ったことはない。それはこういった筋の通った部分にも由来している。


 佐三は普段から筋が通っている。余所の金を自分のために使ったりはしない。あくまで公私は分けている。だからここに来るのも佐三個人と契約を結んでいるベルフしか連れてきてはいないのだ。


(前にあの嬢ちゃんに言ってた……『会計は鏡』だったか?確かにこいつの金の使い方、行動の基準には一貫性がある)


 それにベルフとしても、佐三が個人の感情で動くことを悪いことだとは思っていなかった。初めて佐三に会ったのは、王都の奴隷市場だった。あの頃は佐三も尖っており、今よりずっと冷めた目をしていた。


 この男も随分と変わったものだ。ベルフはそう感じた。


「まあ、俺が言えたことでもない、か」
「あ?なんか言ったか?」
「いや、何でもない」


 佐三は少し不思議そうな顔をするが、特に追及はせず、立ち上がった。


「じゃあ、そろそろ行こう。ここからは徒歩で行く」
「わかった」


 佐三はそう言って歩き出す。ベルフもゆっくりと立ち上がりその背中を追った。
















「いやはや、お久しぶりです。佐三様!」
「お久しぶりです」


 少し太った商人が佐三の手を取り、元気に挨拶している。佐三はいつも通りの営業スマイルで対応していた。


「お、63番。お前も元気そうだな」
「…………ああ」


 ベルフがとてつもなく不機嫌そうに返事をする。この商人は変わっていない。その醜く濁った顔は前に見たときとまったく同じだ。ベルフはそう感じた。


「まだ奴隷商を?」


 佐三が質問する。


「はい。ですが今は仕事を広げ、労働者を斡旋する商売もはじめました。まあ、これもその実は似たようなものですがね」


 商人は「はっはっは」と笑っている。佐三はただ引きつった笑みを浮かべていた。


 いくら経営者といえど、資本主義の仕組みを十分に理解している人間にとってそれは笑えることではない。ましてや法もろくに整備されていない場所で労働者がどういう扱いを受けるのかは想像に難くない。産業革命当時のイギリスの歴史を少しでもかじっていれば、誰にだって分かる話だ。


(結局の所、奴隷を売るという商売自体は変わっていないわけね)


 佐三はただ乾いた笑みを浮かべながら、話を続けた。


「見たところ景気が良さそうだな」
「ええ。まあ」


 商人は頭をかきながら少し気恥ずかしそうに話す。


「実はいずれバレる事になるんで話しますが、貴方のおかげでもあるんです」
「……ほう」


 佐三が悪い顔をする。ベルフはその表情が何を意味しているのかを知っていた。


 こういうときは、必ず何か良からぬ事を企んでいるときである。何かしらの頼み事をするときのような、そんな表情であった。


「実は貴方がウチの商品を買ってくれてから、うちの評判はうなぎ登りなんです。人狼も躾けた奴隷商として。それで余所では買ってくれないような危険種も、ウチでは高値で買ってくれるようになったんです。その金を元手に労働者の斡旋をはじめて、いまではそっちが主流です」
「ほう。それでその危険種とやらは本当に売って大丈夫だったのか?」
「まさか。そこにいる人狼だって貴方が躾けたものでしょう?まあ、彼らが勝手に勘違いをして買っていったんです。自己責任ですよ」


 商人は少しばつの悪い顔をしている。話をすれば佐三に借りを作ることになることが分かっているからだ。しかし話さないというわけにもいかない。今目の前にしている男がどれほど情報網を巡らしているのか、今どれだけ名の売れた商人なのかも分かっているからだ。後でバレたときの方がリスクが高い。


「ところでいくつか聞きたいことがあるのだが」
「はい。何なりと」


 佐三が質問する。


「フィロ……この王都に学者を支援している人間がいるはずだが、何かしらないか。今の王妃の連れ子らしいが」
「王妃の連れ子……ああ第三王妃の連れ子ですね。フェロウ様です」
「フェロウ?」
「はい、フェロウ様。正しい名前はスィギスマンド・シュロモナ・フェロウですが。確か王様が手を出したってんで今度処刑される予定になっているはずです。ついてない女ですな。あの最高な身体と最高の美貌を持ち合わせた女性などそうあるものでもないのに、それが災いを招くなんて」


 商人が説明する。佐三はもう少し詳しく聞いてみることにした。


「もう少し詳しく教えてくれないか?」
「そうですね……」


 商人が説明をはじめる。


 商人曰く、そもそも彼女は王位継承とはなんら関係はないらしい。ただの連れ子であるだけで、一応王家の庇護下にはあったが重要な官職などにはついていなかった。


 しかしその可愛らしさもあいまって幼い頃から内外にファンが多く、大人になるにつれてその数はさらに増えたらしい。王家の内外の数多いイベントでも彼女は引っ張りだこで多くの貴族に求婚されていたらしい。しかしどれも断っており、それがますます彼女の人気を加速させた。誰が彼女の心を射止めるかは多くの人間の関心事でもあった。


 そんな中で王がみずから手を出そうとしたとあれば、問題になるだろう。一応彼女が誑かしたとされているが、民衆の多くは信じてなどいない。それだけ彼女は魅力的なのだ。


「……こんな所ですかね」
「ありがとう。助かる」




 佐三は顎に手を当てながら考える。その様子に商人がおそるおそる質問する。


「佐三様、何をお考えで?」


 商人が聞いてくるのもよく分かる。松下佐三は彼らからしたらいつも予想の遙か上を越えてくる。そして今回、かの有名な美女について聞いてきたのだ。そこで興味がでてきてもおかしくはない。


「いや、特に何も考えてはいないが」


 佐三は「ニッ」と笑いながら答える。「絶対に嘘だ」。商人もベルフも見解が一致した。


「ところで労働者の斡旋をしていると言ったな?」
「……はい」


 なんだか嫌な予感がする。商人はそう感じた。


「できるだけ人手が欲しい。大量にだ。斡旋してくれないか?」


 断れるはずもない。商人はただ黙って頷く。きっと相当値切られるだろう。大量に雇うからとかなんとか言って。彼の交渉力はそんじゃそこらの商人とはわけがちがう。


 しかし断る必要もない。彼は自分だけがメリットを享受する様なことはしない。現にいま自分は彼が人狼を買ったことで、一財産築いているのだ。……もっともあのときは相当に値切られたが。




 商人は諦めたように息をつく。せいぜい楽しませてもらおう。商人はそんな風に考えながら佐三の話をきいた。













コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品