異世界の愛を金で買え!

野村里志

よくある悲しい話









「サゾーは地下に入ったのか?」


 ベルフが政務室に入ってきたイエリナに質問する。


「ええ。先程外側から鍵を閉めてきたわ」
「なんだ?随分浮かない顔だな」


 どこか不満げな様子のイエリナにベルフが再度尋ねる。イエリナはただ「別に、何も」とそっけなく答えるだけでそれ以上は語らなかった。


(サゾーが女と一緒の部屋に入ったから気に入らないのか?もしくは自分も入ろうとして断られたクチか。そりゃサゾーはイエリナをむざむざ危険に晒す意味はないからな)


 ベルフはハチの様子もうかがう。すました顔をしているがどこかいらついているのが呼吸音で分かった。


(二人とも理屈では分かっちゃいるがって感じか。成る程ね)


 ベルフは浅く座っていた体制から、より深くソファに座る。こうなれば待つほかない。あの男は自分よりはるかに頭が回る。任せるに越したことはない。


(そういえば昨日から寝ていなかったな)


 ベルフは徐々に意識を手放していく。きっと起きる頃には片がついているだろう。ベルフはそんな風に思っていた。
















「ここは……?」
「とある場所の地下室だ。今は金庫代わりに使っている」


 薄暗い部屋の中でフィロが目覚める。そこには多数のほこり被った棚と、のんびりと椅子に腰掛けている先程の男がいた。


「……!?」
「やめておけ。俺には効かないんだろ」


 彼女は咄嗟に術をかけようとしたのだろうか。しかし佐三はゆっくりと懐からナイフを取り出す。流石の彼女もナイフを持っている男に襲いかかることはできない。


 形勢は先程と比べて逆転していた。


「話をしよう。君のことを聞かせてくれ」


 佐三が提案する。話をするかどうかを選ぶことのできるのは強者の特権である。弱者の話は無視されていくのが歴史の常なのだ。その意味では今初めて佐三はきちんと彼女と話す時間を得ていた。


「………」
「………」


 彼女は口を開かない。しかし佐三としてもそれを悠長に待つ必要もなかった。


「君には話さない権利がある」
「……」
「しかし話さないのであれば、この町の法に従い処罰することになる」
「……ずいぶんな脅しね」


 フィロが佐三に批判の眼差しを向ける。しかし佐三には何も気にならなかった。そんなもの既に佐三はいくらでも浴びてきているのだ。


 それに彼女についての話は、もう聞くまでもなかった。既に推理はついていたのだ。彼女が何者で、一体何故ここにいるのかも。後は答え合わせだった。


「じゃあ、まずは俺の考えから話すとしよう」


 佐三が話し始める。


「つい最近のことだ。俺は王都から学者を招聘できないかと考えていた。王都の知り合いに手紙を送り、彼に声をかけてもらっていた」
「………」


 フィロは黙ったまま話を聞いている。佐三は構うことなく続ける。


「しかしわざわざ王都を離れてまでこんな田舎町に移動したがる学者は多くはない。いくら研究に金が必要とはいえども王都の暮らしはさぞかしいいだろうからな」


 佐三はフィロの様子を観察する。彼女は頭が回るのだろう。教育も受けているはずだ。自分が言わんとしていることを既に理解しているように佐三には感じられた。


「だが、彼らは二つ返事で来ることを約束した」
「………」
「それは何故か?」
「……」
「簡単だ。王都が良い暮らしをする場所ではなくなることを予見したからだ」


 佐三は続ける。


「学者という者達はそれ自体でお金を稼ぐことは中々難しい。それ故に基本的には支援者を必要とする。ある場合は領主が、ある場合は大商人が、そしてある場合は……」
「……王族が。そうでしょう?」


 フィロの返答に佐三は首を縦に振る。自分の推察が大方合っていることを佐三は確信した。


「君の振るまい、作法、所作。どれをとってもこの町では見かけることのないものだ。大領主のパーティーでも貴方ほどの貴人は見かけなかった」
「たまたまよ。遠くから来たのだもの」
「俺はこの世界に来て始めに慣習やマナー、挨拶、それに高貴な身分が行う作法について最重要に記録してきた。必要だと知っているからだ」
「……この世界?」
「ああ気にしないでくれ。こっちの話だ……。とにかく貴方の振る舞いは私が特に覚えているものだったということです。実際に見たのは初めてでしたが」
「ハッキリ言いなさい。何が言いたいの」


 フィロの言葉に佐三は立ち上がる。そして片膝をつき、右手を自らの左胸にあてた。


「一国の王女が、何をしにここへ?何故王国さえも敵に回そうとするのです?」


 佐三の言葉にフィロは小さくため息をついた。


「……貴方は本当に頭が回るわね」
「ありがたきお言葉」
「いいわよ。そんな口調をしなくても。別に敬意なんてもっていないでしょう?」


 佐三は再び椅子に座り、彼女をまっすぐみつめた。


「どうして分かったの?」


 フィロが聞いてくる。


「ヒントは多数ありましたよ。例えば娼館に置いてあったもの。地図やメモ書きですか。まず文章をきちんと書ける人間はそう多くはありません。地図を書こうとする人間は更に少数です。犬笛を知らないのも、引っかかりましたね」
「……随分調べたわね」
「後は失礼ですが貴方が寝ている間に身の回りのものを調べさせてもらいました。着ている服、付けているもの。何より身なりへの意識が高すぎる。勿論王都でない分衣服や身体に多少の汚れはあるものの非常に綺麗にされている。公衆浴場のあるこの町ですらここまで綺麗にしている人は限られています」
「……女性の身体を調べるなんてずいぶんな作法ね」
「そうする他なかったのです。お許しください」


 佐三はそう言って話を続ける。


「王都で後継者争いでも始まりましたか?それで貴方が追放された?」


 佐三がそこまで言うと地下室のドアがノックされる。佐三は一応注意をフィロに向けたまま、返事をした。


「……何だ?」
「来客です」


 イエリナが答える


「後にしてくれ」
「しかし、王都の方から来たと言っています。紋章もおそらく本物かと……」


 イエリナの不安そうな声に佐三は黙り込む。おそらくは追っ手だろう。彼女を匿うもよし、渡してしまうもよし。しかしいずれにせよリスクのある行為だ。


「迎えに来たのでしょう。私が出て行くわ」


 フィロが口を開く。


「ダメだな。貴方なら簡単に出てこれる」
「大丈夫よ。そんなことはしないわ。もし仮に逃げたとしても、この町に二度と迷惑はかけない」


 フィロが話す。


「王都の学者達は、私が支援していたの。でも貴方が引き取ってくれるのなら、私も最低限の礼は尽くすつもり。私の誇りにかけて誓うわ」
「………」
「それに私は貴方を評価しているの。貴方は優秀だったわ。きっと王都にいるどんな人よりも。私は頭がいい人が好きで、色々な学者を支援してきた。でも貴方ほどの人は、ついぞ見なかったわね」
「………」
「推理もほとんど合っていたわ。間違っていたのは私が出てきた理由。なんだか分かる?」


 佐三が首を振る。


「私は母の連れ子で、今の王と血縁関係はないの、それで…………」


 話の途中、彼女の顔が突如として青ざめていく。


「……っ!?無理をしなくていい」


 佐三は急に震え出した彼女に近づき、そう告げる。しかし彼女は無理に微笑んで話を続けた。


「丁度寝室で髪を乾かしていたときだったわ。王が私を襲おうとしたの。そしてそれを母が見つけた。王様ったら、私が誑かしたって、それで……」
「もういい。喋るな」


 佐三が静止する。しかしフィロは話すことをやめなかった。


「王が私に触れようとしたその手も、その顔も。そして嫉妬にかられ、実の娘を憎む母の表情も、どれも忘れられないわ」
「……」
「きっと母が差し出した追っ手が来たのでしょう。……どうしようもない女だわ。娘の言い分なんて、聞きもしなかった。……私には母様しかいないのに」


 そう言い終えるとフィロはゆっくりと歩き出す。ドアを内側からノックし、敵意がないことも伝えた。


 佐三は静かにイエリナに開けるように促す。彼女はおそらく嘘を言っていない。きっと二度とこの町に現れることはないだろう。佐三の経営者としての人物眼がそう告げていた。


 佐三はイエリナにフィロを来客に引き渡すようにだけ告げる。イエリナは予想とは異なる中の様子に少し戸惑っていたが、フィロに促されると、一緒に階段を上がっていった。


「……別に珍しい話じゃないさ。これぐらい」


 佐三は床に腰掛け、壁にもたれかかる。


 冷たい。そう感じた。















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