異世界の愛を金で買え!

野村里志

文明の火











「状況は?」
「女はおそらくあの娼館の中だ。だが中から鍵がかかっていて開けられない」
「蹴破って中に侵入できないか?」
「難しいな。扉の裏におそらく棚か何かが置かれている。俺の力でも蹴破れない」
「ならしょうがない。突入の準備を急がせよう。焦りたくはないが、彼女に時間を作らせたくはない」


 佐三はベルフに状況を確認すると自警団に指示を出す。なるべく住人を近寄らないようにある程度封鎖してもらっていた。


(とんだ立てこもり事件だな)


 佐三は娼館を見つめながらそんなことを考えていた。


 彼女の正体が何なのかは未だハッキリとはしていない。しかしある程度推察はできた。


 まず第一に彼女が何らかの催眠なり洗脳の技術を持ち合わせていることである。一見オカルト的ではあるが、自然界でも他の動物を自分の望むように動かそうとすることはあり得ない話ではない。実際にアヘンは花から作られるのだ。彼女が獣人なのかどうかは別として、何かしら脳内に影響を与える物質を出す種族である可能性は十分にある。


 第二にそれは個人差があるということだ。自分やベルフには効き目が薄い。その一方でイエリナやハチ、その他この町の住人には効き目が強く、男達にいたってはまるで意のままに操られているようであった。


(もしこれがウイルスや寄生虫の類いだったら……この町は終わりだな)


 佐三は懐に手をかざす。そこには単発式のピストルが用意されていた。


(かつてイエリナを助けたとき、あの小領主の兵が置いていったものを回収しておいたが……。まさか手に取る日が来るとはな)


 佐三は困ったように息を吐く。


 勿論佐三に銃を扱った経験などない。一応使えるように整備してもらい、使い方も職人に教えてもらってはいるが普段は携行はしていない。というのも一発毎に弾込めが必要で、さほど正確でもない銃を持ち運ぶ理由があまり感じられないからである。


 しかし今回はわけがちがう。佐三は彼女の正体やこの一連の現象に関してなんら正確な考察をすることができていない。従って最悪の場合を想定しなければならないのだ。昨日のように男達を従えられていては、戦闘の訓練もうけていない佐三がナイフ一本携えたところでなにもできない。そこで銃をもってきたのである。


(最悪の場合、これで決めるしかない)


 佐三はある種の覚悟を決めながら、準備が整うのを待った。




















「無駄よ。何をしたところで」


 女は妖艶な笑みを浮かべながら窓の外の様子を見る。おそらくあの男の指示なのであろう。付近の住民達は遠ざけられ、着々と包囲網ができあがっている。


「しかし、あの男も頭がまわるわね。……面倒だわ」


 女は脇にたたずむ男達を見ながら呟く。ここに来るまでにたまたま見つけた男三人を、ここまで連れてきていた。


 彼女の能力、その原理について彼女自身も知っているわけではない。ただ自分に何ができるのか、それについては知っていた。


彼女ができること、それは人を操り、人の意識を失わせることであった。


 しかし勿論制限がある。第一に距離、遠い人間には効果が出せない。次に時間、自分の言うことを聞かせるためには少し時間がかかる。重ねがけをするほど意のままに操れる。そして最後に女性を操ることはできないということである。


(でもようやくここまで来たというのに……。何なの、あの男は?)


 女は軽く唇を噛みながら外にいる佐三を睨み付ける。自分の能力がここまで効かなかった相手は彼が初めてであった。


(とにかく、あいつらにやり返すためにも、この町は私のモノにしなくては……)


 外が静かになる。いくらか武装した女性達が佐三の元にあつまっていた。


「そろそろ来る頃かしら……」


 女は男達を配置につかせる。


(私はなんとかして、あの男を……)


 その赤い瞳が佐三を捉えていた。




















「作戦はシンプルだ。中にいる女を見つけたら意識を奪え。最悪、殺しても構わない」


 佐三のいつになく真剣な表情に従者達に緊張がはしる。ベルフもいつも以上に神経をとがらしていた。


 しかし一方で佐三は内心で非情な判断も行っていた。それは基本的に彼女たちが囮であるということである。


 現在彼女の術中にはまることなく動けることが確認できたのは佐三とベルフだけである。これ以上余計な被害を出さないためにも同行は少ないことが望ましい。


 しかし相手も一人でいるとは考えにくい。昨日、娼館を調べたとき、中に食事やこの町に関する記載がなされた紙が発見された。紙に関してはおそらく彼女自身が書いたものであろう。この町の人口や、統治者、地理、その他様々な事情に至るまで書き記されていた。


 おそらくは娼館に訪れた男を洗脳ないし催眠して、彼らに情報や食料の提供をさせていたのであろう。そもそもこの場所は娼館などではなかったのだ。簡単に男が寄ってくるように娼館のふりをしていただけで。情報源は最低限あればよく、それ以上目立てば目を付けられかねない。洗脳した男にも周囲に言いふらさないようにしてあったのだろう。だからドニーやベルフの耳には入ってこなかったのだ。


 いずれにせよ何人か操られて中にいる可能性は十分にある。現に牢から出るのを補助したと思われる男はどこにもいない。おそらく彼女に操られて、中で待っているに違いない。


(まあ全て想像の域をでないがな。……だが少なくとも一気に町全体に何かできるようなパンデミックではなさそうだ。少なくとも、今は)


 佐三は従者の女達を見る。これまでイエリナに仕え、戦いの訓練を日々積んでいる女達である。彼女達は何一つ疑うことなく、佐三の指示に従っている。


 しかし佐三は彼女たちを楯にしてでも女のところまで行こうとしていた。


(心が痛まないかと言われれば嘘になるな)


 佐三は再び胸元に手を当てる。佐三とて命を張っていないわけでもない。いざとなれば相打ち覚悟でも彼女に銃弾をお見舞いする予定なのだから。


 佐三は経営者であり商人である。戦いなど得意ではないしやりたいとも思ってはいない。しかし暴力と無縁でいられるというような、元いた世界の平和な現代人の感覚は既に捨てていた。そんな平和が文明の産物であることはこの世界に来てよく理解していた。


 時には商人であれ、武器を取らなくてはいけない。現代の世界でも例えばアメリカなんかでは市民が当たり前のように銃を持っているのだ。そう考えるとむしろ日本の平和こそが異常なのだ。


(やれやれ。どうしてこうなったんだか)


 佐三は周囲の準備が整ったことの報告を受ける。従者達は短刀の他に突入用の斧やハシゴを携えている。


 佐三は銃を構えベルフの後ろにつく。今はその文明の火だけが佐三の頼りであった。




 佐三はその銃の触り心地を確かめる。文明が生み出した鉄製の筒は、冬の風と相まって凍るように冷たかった。











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