異世界の愛を金で買え!

野村里志

犬狼問答









「あの、ベルフ殿ちょっと……」


日が沈みかけた頃である。ベルフが夜勤の仕事に出向こうとしたとき、ハチが呼び止めた。


「おう、めずらしいな」


 ベルフがハチに話す。ハチは基本的には仕事以外のコミュニケーションをとるタイプではない。従ってハチの仕事が終わるこのタイミングでベルフに声を掛けてくることなどほとんどあるものではなかった。


「それで、どうした?」
「えっと……」


 ハチは珍しく口ごもっている。普段であれば単刀直入な話し方も今日は随分としおらしく感じた。


(……ん?)


 ベルフは軽く臭いを嗅ぐ。なんとなくだが話が分かってきた気がした。


「してるぞ」
「……っ!?」
「雌の臭い。発情期か?」
「ななな………何てことを言うのだ!」


 ハチの大きな声にベルフが耳を塞ぐ。ハチは顔を真っ赤にしつつも軽く咳払いをして平静を装っていた。


「だが聞きたかったのはそういう話だろ?」
「…………」


 ベルフの言葉に、ハチは静かにこくりと頷く。ベルフもベルフで思い当たる節はあった。


「おい」


 ベルフがハチに声を掛ける。


「俺の仕事までまだ多少の時間がある。飯でもどうだ?」


 ハチは静かに頷く。良い食い扶持が見つかった。ベルフはそんな風に内心で喜んだ。




















「最近、ずっと変なのだ」


 むしゃむしゃと料理を頬張るベルフにハチが切り出す。


「変って、何がよ?」
「妙な夢ばかり見る。しかし同じような夢だ。それも決まって主殿が出てくるのだ」


 ベルフは話をききながら更に追加の注文をする。おごってもらえるのだ。そういうときにはありがたくごちそうにならなければならない。


「それで?」


 ベルフが尋ねる。


「どんな夢なんだ?」
「どどどっ、どんな夢って……」
「なんだよ、それを聞かなきゃ話にならんだろ?」
「だから、主殿が出てきて……」
「それで?」
「それでって……、それ以上は覚えていない!」


 ハチは顔を真っ赤にして言い切る。落ち着いて見せてはいるが、その様子からはとても言葉の信憑性を見出せるとは思えなかった。


(話しづらい内容ってことね)


 ベルフは黙々と食事をしながら話す。ハチはその様子を恨めしそうに見つめてから再び話し始めた。


「それで自分に何か異変があったのではないかと思って、一番鼻のきくベルフ殿に聞いてみたのだ」
「ああだから雌の……」
「……それはもういい。問題は何故という部分だ」


 ハチがベルフの話を遮るように問う。


「何故って?」
「私だって女性だ。そういう時期は定期的に来る。……しかし、それは今ではないという事なのだ」
「どういうことだ?」
「周期がおかしいということだ。それに日中妙なけだるさもある。夢を見るということも通常ありえない。私は普段あまり夢など見ないというのに、ここ数日は毎日見ている。それもはっきりと覚えている程に鮮明に。同じような夢ばかり見るというのも、不思議な話だ」


 ハチは再び黙ってしまう。おそらくここ数日仕事に身が入っていないことを憂いているのであろう。しかしここ数日に限ってはハチに限らず、政務室の面々は集中力が散漫であった。


(自分だけじゃないっていうのに。随分と真面目なこって)


 ベルフはそんな風に思いながら最後の一口を口にする。そろそろ時間だ。ごちそうしてもらう手前何かしらの解決はしておきたい。ベルフはそう考えた。


「まあそんなに気にするな。誰しも見たくもない夢を見たりする。夢なんて自分でどうこうできるもんじゃない。それはどうしようもないことだ」


 ベルフの言葉に項垂れていたハチが顔を上げる。ハチは気になっていたことを一つ聞いてみることにした。


「ベルフ殿はここ数日、変な夢を見ておらぬのか?」


 ハチが聞いてくる。


「私だけのことかとも思ったが、どうやら他の皆も少し様子がおかしい」
「そうだな」
「だから比較的種族が近い、ベルフ殿に話をきいてみたのだ」
「そうだな……」


 ベルフが少し考えてから答える。


「変な夢は……まあ昔のことを夢見る程度だ。今までにも見たことはあったが……。ここ最近多い気はするな」
「本当か?」
「ああ」
「どんな夢を?」


 ハチの言葉にベルフは頭を掻く。自分が聞いた上に食事までごちそうになった手前、言わないのもなんだか気が引けた。


「まだサゾーに会う前の夢だ。ずっと昔のな」


 そう言ってベルフは席を立つ。これ以上思い出せば碌な思いをしない。そんなことは既にわかりきっていた。


 しかしそれでもベルフの頭の中に、かつての情景が思い起こされた。


 それは広い草原とかつての村落。


 そしてあどけなく、それでいて愛おしい女の姿だった。




















「やはり、何かがおかしい」


 佐三は暗い部屋で一人呟く。最近は同じ夢ばかり見る。幼かった頃の記憶。まだ世界に対して何の疑いもなかった幼き日々の記憶だ。


(今朝方会ったあの女は、一体何者だ?)


 佐三は今朝の話を周囲の人間にはしていない。というのも具体的な被害も出ておらず、その姿も一瞬しか目にしてはいない。被害も出てないのにただ「警戒しろ」と告げてもさほど意味がないことぐらい佐三にはわかっている。指示は常に具体的でなければならないのだ。


(一応ベルフに今晩見回りに出てもらうように頼んだ。これで何かが分かれば良いが……)


 佐三にはもう一つ気がかりがあった。ここ数日政務室の人間や現場の人達の注意力が散漫になっていることである。はじめは気温や季節の変化に伴う獣人特有の性質かとも思った。しかしそれならばアイファも同様であることはおかしい。経営者としての佐三の肌は、この微妙な変化に対して最大限のアラートを鳴らしていた。


(変な流行病か?しかしそれにしては急すぎる。伝染するにしてもこんな同時に発病はしない。政務室だけじゃなく町全体がそうなのだ。……それにあの女、やはり何かが引っかかる)


 佐三はここ最近で起きた町の変化を思い起こす。基本的にこの世界で冬は活動の時期ではない。それ故に市場のほうでも大きな変化は生まれてはいないことはアイファの定期調査でも分かっていた。


 ただ一点を除いて。


(行ってみるか。あの娼館に……)


 佐三はそう考え、ベッドにもぐる。今日も同じ夢をみるならばそれはもう立派な現象だ。説明はつかないが、探るほかない。


 佐三はゆっくりと意識を手放していく。


(あれ?でもどういった説明しよう?調査といって娼館に行くのはそれはそれでどうなんだ?)


 イエリナは何か言うに違いない。仮にも夫婦なのだ。いう権利はある。それにハチも……アイファも意味ありげな視線を送ってくるかもしれない。


(まあ……いいか)


 佐三は明日くるであろう面倒な事に目を背けつつ、すやすやと眠りに入っていった。











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