異世界の愛を金で買え!

野村里志

メン・ミーツ・レイディ











 冷たい風が吹いている。外の気温はここ数日急激に下がっており、町の人通りが一気に少なくなっていた。


 佐三は「はあ~」と息を手にふきかける。部屋の中にいながら息は白くなっている。およそ現代の社会では味わえない代物だ。特に佐三がいきていた世界では。


 しかしそんな寒さも既に三回目である。特にこの世界に来て一回目の冬は農家のあばら屋で過ごしていたのだ。むしろきちんとした館に住んでいるだけずっとマシである。


 しばらくすれば暖炉に火も入る。この政務室も遠回りではあるが暖気が巡ってくる構造になっている。それまで辛抱すれば仕事はできる。佐三はそんな風に考えながら返ってきた手紙を読んでいた。


「………思った通り、いくらか学者が呼び込めそうだな」


 佐三はブルブルと震えながら呟く。基本的に学問の自由というものは封建社会ではなかなか認められない。王都にいる学者も、宗教や慣習に反する意見を述べようとすればすぐさまはじき出されてしまう。常識を疑うことが学問の一歩目であるというのに。


「こっちも金が無制限にあるわけじゃないが、この程度の金額でここまで集まるのか。よほど先生方は鬱憤がたまっていたと思われる」


 佐三は笑いながら手紙を読み進める。ギルドに赴いた際に作っておいたつてがこのように役に立つとは思いも寄らなかった。もっとも彼も仲介料をしっかりとっているのだから流石は商売人同士である。


 もっとも学者達が王都を離れたがっている理由は他にもあるようだ。特に王族周りの様子がきな臭いらしい。学者達は権力自体からは遠いが、権力者の交代では一番初めに犠牲者になる。焚書等は歴史上でもいとまがない。


(それにしても、あいつら遅いな)


 佐三はがらんとした政務室を見渡しながら再び手に息を吹きかける。普段であれば佐三よりも早くアイファ、イエリナ、ハチが政務室に来ている。チリウは基本外回りの仕事が多いが、政務室に来るときの朝は早い。


(獣人だから寒さに弱いのか?それとも……?)


 佐三は考えていても仕方がないとペンを走らせ始める。仲介をしてくれた商人への返事と謝礼。そして此方へ来る学者の日にちを確認しておかなくてはいけない。


(いずれにせよ、これで少しは技術が前に進むだろう)


 佐三は返事をしたためると手紙を丸めて紐で縛る。そして机の脇に置いて立ち上がった。


(調達や売り場といったチャネルの部分で障壁があるとは言え、家内制手工業はいってしまえば単純な分業だ。いずれブランド戦略で差別化は図るが、機械化は早いほうが望ましい)


 佐三は手を擦りながら体を小刻みに動かす。動いていればこの寒さも少しは紛れていた。


(特に今はやることもないし、ちょっと外を散歩でもするか)


 佐三は書き置きを残し、政務室を後にする。一刻も早く体を動かし、この寒さに慣れさせたい気分であった。
















「ふいー。やっぱり寒い」


 佐三は半ば小走りのように町を歩いて行く。人通りはなく、その澄んだ空気はかつての世界では得がたいものだ。しかし慣れてしまえばさほど価値も感じなくなってしまっている。


「まあ、丁度良いし事業戦略を考えでも……」




 その女性に会ったのはそんなときであった。


「もし……」
「ん?」


 フードを深く被り、顔がよく見えないがその相手が女性であることは声で分かった。


「貴方様は佐三様でいらっしゃいますか?」


 女性が聞いてくる。


「いや、違います」


 佐三はそう言ってにこやかにその場を後にしようとする。しかし女性はそう言う佐三に立ち塞がり引き留めた。


「お待ちください」
「あ、すいません。急いでいるんで」


 そう言って佐三は通り抜けようとする。しかし女性は再び立ち塞がる。そしてそのフードを脱ごうと手をかけた瞬間に佐三が素早く護身用のナイフを抜いた。


「動くな」
「………」


 女性が黙り込む。佐三は静かに「何が目的だ」と尋ねた。


「何を……疑うのですか?私はこの通り、しがない町の女性で……」


 佐三が大きく首を振る。


「この町の人間で俺を知らない者はいない」
「そんな……町の人間でもそのような人は」
「それに発音がおかしい。獣人族は独特な訛りをもつ、だがこの町で普通の人間は数えるほどしかいない。その人達は俺も把握している」
「…………」
「そして何より、冬場にこの町に移動してくる人間はそういない。なにせ冬の移動はリスクがあるし、食事にありつけるかも分からないからな」


 佐三はそう言ってから続けた。


「あんた……何者だ?」
「………」


 しばらくの沈黙が続く。しかし徐々に佐三の視界が揺らぎ始めていた。


(何だ……これは……)
「随分と頭の切れるお方ね。もっと近づければ、ずっと簡単に事は済ませられたのに」


 佐三の視界が狭まっていく。そして次第にその女性以外が見えなくなっていた。


「ふふふふふ……」


 女性はゆっくりとローブをはだけさせながら近づいてくる。その顔は下を向いているせいで分からなかったが、その身体は服の上からでも女性らしさが分かる程に魅力的であった。


(なんだ……頭が働かん……)
「ふふふ。もう身体が言うことを聞かないでしょ」


 女性が近づき、佐三の身体に触れる。その女性の肌から伝わる熱量で、佐三の頭は狂いそうであった。


「さあ、そのまま私に……」


 女性が顔を上げ佐三を見つめる。


「従いなさい」
「……っ!?」


 女性が佐三の背中に手を回そうとしたとき、佐三はそれを押しのけた。


「きゃっ!?」


 女性は驚いたように尻餅をつく。佐三はその姿を呆然と眺めていた。


「嘘……どういうこと?」
「……?」


 見ると先程の状況が嘘のように視界が晴れている。


「ちっ」


女性は一目散に逃げ出していく。佐三はただのんびりとその姿を見送っていた。


(なんだったんだ、今のは?)


 佐三は彼女の顔を思い出す。その顔は自分がよく知る人間にそっくりであった。


(まったくとんだ女もいたもんだ)


 周りを見渡すと人だかりが出始めている。きっと皆も起きてきているだろう。佐三は踵を返し政務室に戻ることにした。















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