異世界の愛を金で買え!
閑話 夫婦団欒
「佐三様、行っていた例の商人の規制についての解除、既に通達が終わりました」
「ありがとう。アイファ。今日もご苦労」
佐三がそう言うと、アイファが帰り支度をして、政務室を出て行く。佐三は大きく伸びをすると、どこか申し訳なさそうにするイエリナと目が合った。
「どうした、イエリナ?」
佐三が声を掛ける。イエリナは申し訳なさそうに口を開いた。
「……責めないのですか?」
「責める?何をだ?」
「いえ、その……」
イエリナは言いづらそうに言い淀む。無論佐三もイエリナが言わんとしていることは承知であった。
「チリウを引き入れたことで、小領主の商人を締め出せなくなったことか?」
「何よ、わかってるじゃない……」
イエリナはどこか不満ありげに佐三を見る。佐三はどこかからかうように笑っていた。
元々はチリウ達盗賊団と、その依頼主である小領主を仲違いさせる計画であった。しかしそれをすることなく、チリウ達を雇ってしまったことで、小領主は何一つ損害を出していない。チリウ達と争うどころか、チリウ達への報酬すら払っていないのだから。
その一方でこの町が出した損失は小さくはない。商人の往来がへったこと。治安関連で少し評判がおちたこと。衣服事業の売り上げが少し減ったこと。警備隊に無理をさせた分の諸手当などである。
つまり今に限った話で言えば、大局的にはむこうの小領主は何一つデメリットを負うことなく、この町に損失を与えたのである。
そんな中商人を閉め出し、むこうに損害を与えたとしよう。此方の気は多少晴れるかも知れないが、確実に向こうは敵意を抱き続ける。その結果、向こうが軍事力を用いるようなことがあれば、さらなる損害は免れない。
「言っただろ?イチかゼロかで考えるなって。例えその小領主を相手にして、そして勝ったとしても、自分に損が出るようでは意味がない」
「しかし……」
「まあ感情では納得がいかないだろうけどな。だが合理的に考えるのであれば、感情ではなく勘定で動かなきゃならんってことさ」
佐三は笑いながら話す。そんな佐三の様子にイエリナは初めぽかんとした表情で佐三をみつめていたが、次第におかしくなって一緒に笑い始めた。
きっと気を遣っているのだろう。もしくはどうせすぐ取り返すとでも伝えたいのだろうか。いずれにせよ目の前で笑っている自分の夫はどこか心のよりどころを与えてくれているようであった。
イエリナは軽く周りを見渡す。アイファは帰り、ハチは別の仕事のため外に出ている。チリウはまだ別の拠点で待機している仲間に連絡をしに、ベルフはふらりとどこかへでかけてしまった。今この部屋には佐三とイエリナしかいないのである。
「あの、サゾー?」
「ん、なんだ?」
イエリナが軽く咳払いをして質問する。
「なんで好きにやらせてくれたの?私が勝手に動いていることだって、気付いてたでしょ?一応怒るには怒ったけど、全部終わってからだったし。それにあれは半分周りに見せるために怒っていたみたいだし」
「なんだ?わかっていたのか?」
佐三が意外そうに返事をする。イエリナはそれが少し気に入らなかったのか拗ねたように「馬鹿にしないでください」とわざとらしく振る舞って見せた。
「悪い悪い」
「もう、一応私は貴方の妻なのよ。一緒にいる時間だってそれなりに……。それぐらいわかるわよ」
イエリナはそう言ってそっぽを向いて見せてから、気付かれないように横目で佐三の様子をみた。佐三は「悪かったって」と言いながら困ったような表情をする。そんな態度をとってくれることに、イエリナは少なからず胸が高鳴った。
「まあ……別に良いけど……。それより理由は?結局何だったの?」
イエリナが質問する。
「ああ、それは……」
佐三は斜め上に視線を逸らしながら、少し考える。自分と彼女の違いについてここでとやかく言うのもどこか違う気がする。何か丁度良い理由はないものかと思案していた。
「イエリナを信じていたから……かな?」
「………嘘ね」
イエリナは一瞬にして夫の嘘を見破る。今のは別だったとしても女性の嘘を見破る力は侮れない。佐三は再び何か良い言い訳がないか考えた。
「……別に言いたくないなら、言わなくて良いわ」
「そうか」
「今はね」
「…………はい」
佐三は力なく返答する。普段仕事の中では見られないような弱々しい様子はとても新鮮であった。
イエリナはそんな佐三の普段は見せない自分を、自分にだけ見せてくれている態度に、どこかうれしさを感じていた。
佐三は席を立ち、ソファに腰掛ける。かつて自分が高層ビルで座っていたものと比べればあまりにも硬い。そんな長椅子に近いとまで言えるソファは、いまではすっかり体に馴染んでいる。
「ん?」
佐三がくつろいでいると不意にイエリナが隣に座る。特に何を言うわけでもなく、ただ静かに座っており、顔も正面を向いていた。
「……きれいだな」
「っ?!」
不意に言葉が漏れてしまっただろうか。佐三はその均整のとれたイエリナの横顔をみて呟く。イエリナは急な言葉に驚いたのか、分かりやすく耳がピンと立っていた。
「何ですか、いきなり?!」
「あ、いや。つい漏れてな」
佐三は特に変わりもなく、返答する。イエリナはそれが自分だけ舞い上がっているみたいで、少しだけ腹立たしかった。
「もう……」
イエリナは再び佐三の方をうかがう。佐三は依然としてこちらを見ている。イエリナはここにきて自分が思った以上に佐三と近くにいることを自覚した。
(あれ、思ったより、近いんじゃ……)
こころなしか佐三の顔が少し近い気がする。イエリナは自分の心臓の鼓動が聞こえてくる気がした。
(え、ひょっとして)
イエリナはつい目を閉じる。頭の中はもうショート寸前であった。
(まだ、準備が……)
その時であった。
「サゾー、帰ったぞ」
ドアが開き、聞き慣れた声が入ってくる。見るとベルフが気だるそうに頭をかきながら入ってきていた。
「ん?どうした?今日は随分と仲がよさげだな」
ソファに隣り合って座る二人を見てベルフが尋ねる。佐三は特にあっけらかんとした様子で「まあ夫婦だからな」と答えた。
イエリナは佐三とベルフを交互に見る。佐三は自分が思ったよりも離れており、ベルフは相変わらずの様子で立っていた。
(あれ?もしかして私ばかり舞い上がってた?)
イエリナは先程の出来事が夢なんじゃないかとすら思えていた。それぐらい佐三はいつも通りだった。
(もう……)
イエリナは何も言わずに立ち上がり、そそくさと歩き出す。すでに心が色々と疲れてしまった。とりあえずベッドに飛びこみたい。そう思っていた。
イエリナはぺこりとお辞儀をするとそのまま政務室を後にした。
「なんか、すごく睨まれたんだが……」
ベルフがイエリナが出て行くのを確認してから呟く。すると佐三が「はあ~」と大きく息を吐き、左腕で目を覆いながら天を仰いだ。
「ん?どうした、サゾー?」
「なんでもねえよ」
佐三は疲れた顔でそう言った。
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