異世界の愛を金で買え!

野村里志

テーブルに座らせろ!











「そろそろだな」


 佐三は塔の上で、町の外を見下ろしながら呟く。


 事は概ね佐三の思うように進んでいた。盗賊達は食料を得る術を断たれ、兵糧が尽きかけている。いずれにせよ手は打たなくてはならない。


 そして佐三はハチを密偵として送り込み、近日中に町に襲撃をかけてくるという情報をつかんだ。そのため佐三はベルフを伴い、塔の上で待機していた。追い詰められた獲物が最後に放ってくるその一撃、それに反撃を加えるために。


「しかし本当に来るのか?」


 ベルフが聞いてくる。


「何もこの町を襲わなくったって、防備の弱い領地や村はいくらでも……」
「いや、来るだろう」


 ベルフの言葉に、佐三ははっきりと返答する。


「彼女たちが普通の賊であれば、もっと早くに瓦解していた。お前ですら後れをとるほどの連携などとれるはずもない。だが彼女たちはそうではない。彼女たちは、組織として優れているんだ」
「それが……襲ってくることとどう関係があるのだ?」


 ベルフが質問する。佐三はその質問に少し考えてから答えた。


「まず二つに分けて説明しよう。一つ目は、ベルフ。優れた組織って何だと思う?」
「それは……すぐれた連携か?それとも優秀なリーダーか」
「悪くない答えだ。俺の答えとしては『目的意識の共有』だと思っている」
「『目的意識の共有』?どういう意味だ?」
「要はいかに同じ価値観を共有できているかだ。全員が同じ目的、同じ未来を信じることができている組織は大きな力を生み出すことができる。逆にそれぞれの利害がバラバラなら、互いに足を引っ張り合い組織が機能しない」
「なるほど。確かに言われてみればそうだな」


 ベルフが話について来れているのを確認すると、佐三は説明を続ける。


「次に二つ目だ。イエリナの報告によれば彼女たちは富裕層、そして男への敵意で団結している。故に彼女たちが襲うのは金持ちで、あくどい商売をする……まあ金持ちの商人って事になるな」
「だからサゾーを狙うと?」
「正確には俺以外を狙えないということかな。この周りの村落は大して裕福じゃない。この町だって栄えてきたのはここ最近の話だ。となれば襲えるのはこの町しかいない」
「だが何故あの小領主と手を?彼らだって憎むべき相手なのでは?」
「そう。そこがポイントだ。ベルフ」


 佐三はベルフに指さし、話を続ける。


「彼女たちはそれ以上に欲しかったものがあった。誇りや思想より欲しかったもの。そうなってくると可能性は絞られる」
「それは……」
「“飯”それと“家”だろうな」


 佐三の言葉にベルフは黙って月を見上げる。佐三の考えていることが少しずつであるが分かった気がした。


「だがあの小領主と手を組んだからと言って、流石に貧しい村落を襲うようなことはしない。もしそこまで落ちぶれるようなら、こっちが何もしなくても勝手に散り散りになるだろう。逆にそれをしないということは、この町自体を標的にして襲いに来るということだ」
「もう既に忍び込んでいる可能性は?」
「少ないな。何せこの町は水道事業でかなり公衆衛生が改善された。浴場も開放しているぐらいだ。そんな中に盗賊が紛れて見ろ。俺ならまだしも、臭いに敏感な獣人族の住民が何かしら疑うだろ」
「では……」
「ああ。向こうだってそんなことはお見通しだろう。だから真っ向から来るはずだ」


 丁度その時、風向きが変わった。ベルフは嗅ぎ慣れない臭いを運ぶその風に、一瞬にして警戒態勢に入る。


「サゾー、近いぞ」
「ああ。彼女たちもバカじゃない。きちんと風向きを読んで接近してきていたか」


 佐三は立ち上がり、ベルフは慎重に臭いの出所を探る。


「どれくらいの距離だ?」
「北側、かなり遠い。だが風向きが変わったのを見て、急接近してきている。足音がどんどん近くなってくる」
「町の護衛は気付いているか?」
「いや、まだ俺だけだろう」
「わかった。じゃあ俺が鐘を鳴らして……」


 佐三がそう言って鐘を鳴らそうとした瞬間、ベルフが不意に「待て」と佐三を制止した。


「どうしたんだ、ベルフ?」
「北側から何か別の臭いがする。それも……良い匂いだ」


 ベルフがそう言うと、佐三の元にもどこか良い匂いが漂ってきた。その大本を見てみると、イエリナと複数の女性達が門の所で火をたいていた。


(あれは……鍋?暗くてよく見えないが、イエリナが指示を出し、何人かの女性達が作業をしている)


 本来ならば全く予定のないことである。完全にイエリナの単独行動であるが佐三は特に何をするでもなく再び腰を下ろした。そしてその様子を見て、ベルフも同様に座り込んだ。


「ベルフ。一応、準備だけはしておいてくれ」


 佐三はそう言うと、ぼんやりとイエリナを眺めていた。どこか表情は見えないが、その動きはどこか生き生きとしている気がした。


「文字通り高みの見物と行きますか」


 佐三はそう呟いた。
















「止まれ」


 チリウは団員に指示を出す。団員はチリウの指示に従い、隊列を保ったまま、低い姿勢をとった。


「おかしい。既に臭いで気付いているだろうに、中の動きがまったくない」


 既に一行は門の前まで来ている。町の被害を出さないためには必ず外に迎撃に出るはずだ。誘い込んで戦うことなどありえない。


(何の罠だ。何を考えている……)


 チリウがそう訝しんだとき、不意に門がゆっくりと開きだした。盗賊達は身構え、それぞれの武器を抜く。しかし現れたのはかつて捕らえた猫族の長と、幾人の女性達であった。


「な、何を……」


 チリウがそう呟いたときであった。


「取引をしましょう!!」
「っ?!」


 暗い平原にイエリナの声が響く。イエリナはまっすぐ盗賊達をみつめ、語りかけた。


「貴方たちへの食事と、持ちかえることのできる保存食を用意しています。取引に応じれば今すぐ振る舞います」
「何っ?!」


 ほのかに美味しそうないい匂いが漂ってくる。それは彼女達の鼻腔をくすぐり、食欲を刺激した。


(まずい……!)


 チリウは慌てて団員の様子を見る。空腹で今にも倒れそうな彼女たちにとって、それはまるで天恵のようであった。


「取引の条件はただ一つです!」


 イエリナが続ける。


「私たちとともに食事をとること。チリウさん、貴方が私と同じテーブルに着くことです」


 イエリナの言葉が響き、再び静けさがやってくる。しかしチリウには既に選択肢なぞそんざいしなかった。


 これがもし降伏を呼びかけるものであれば、団員達は戦ったかもしれない。しかしこれはあくまで対話の呼びかけ。既に皆の心は傾いてしまっていることがチリウには容易に理解できた。


(なるほど、やってくれる)


 チリウは団員達を制止すると、立ち上がり、ゆっくりと前へと歩いて行く。そしてゆっくりとイエリナの前へと歩み寄った。


「随分と策士になったものだな」


 チリウは皮肉交じりにイエリナに言う。


「夫の影響です」


 イエリナはそう笑うと簡易のテーブルへとチリウを案内した。


(この交渉が、唯一のチャンスだろう)


 イエリナは大きく深呼吸する。他の女性達は外で待つチリウの団員達に食事を配りに行った。


(相手の話を聞くこと、相手の利害を考えること、イチかゼロかで考えないこと)


 イエリナは佐三に教わったことを何度も頭の中で復唱する。やるしかない。イエリナはそう覚悟を決めた。


(見ててください)


 イエリナは一瞬だけ塔の上を見て、チリウと同じテーブルに着いた。











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