異世界の愛を金で買え!

野村里志

人狼も満たせば聡くなる









「「う~ん」」


 少しばかり時間が経ったであろうか。ベルフ・ナージャ・アイファ・イエリナの四人は町の酒場に来ていた。昼時の酒場は食事処として機能しており、本来であれば町を訪れる商人達でいっぱいになる。しかし今は盗賊の影響もあってか客は四人を除いていなかった。


 ことの成り行きはベルフが外に出ようと言い始めたことからであった。アイファは始め仕事がある関係上少し迷っていたが、イエリナが長の命令だとして休ませた。アイファもどこか楽しそうではあったので結果的によかったのだろう。もとより一番働いているアイファをベルフがとやかく言えるわけもないのだが。


 町を行く当てもなく歩いていたところ酒場の女将さんに声をかけられ、せっかくだからと四人で机を囲っている。ナージャは昼時であるとはいえ初めて入る大人の空間にうれしそうにしていた。


「いやぁ、イエリナ様に来ていただいて助かったよ。ほらサービスだ。たくさん食べてね」


 酒場の女将はうれしそうに料理を運んでくる。しかしベルフだけ少し心配そうな顔をしていた。


「……なあイエリナ、この飯は?俺はそんなに手持ちがないんだが……」
「ベルフさん……なんであれだけの給金で手持ちが足りなくなるんですか……」


 イエリナから遠回しに金の使い方についてたしなめられ、ベルフは少しばつの悪さを感じる。さらには他二人からも同様の視線を向けられ、自分が完全にアウェイであることを否応なしに気付かされた。


「いいです。今日のは経費で落としますから。アイファさんもこの分は堂々と経費として申請してください」
「本来ならばたしなめる所ですが、イエリナ様がそう言うならば仕方ないですね。今日の所は、しっかり請求しておきます」


 アイファが背筋を伸ばしてうれしそうに答える。この二人もどこか佐三に似てきた気がする。ベルフはそんな風に感じた。


「でもいいんですか?こんなにいただいてしまって」


 イエリナが並べられた食事を見ながら女将に尋ねる。


「いいのよ。ここ最近お客さんもめっきり減ってしまって、うちも食材が余ってるのよ」
「えへへ。じゃあたくさん来ないとね」
「ナージャさん、あくまで今日だけです。普段からそんな贅沢はできないですよ」


 楽しそうにしているナージャをアイファがたしなめる。佐三が管理、監督しているとはいえすっかり町の財布を握っていた。


「それにウチだけじゃないよ。この食材を作っている農家の人達もだって……。酒屋の人達もそうだ。みんな苦労している」
「そうですか……」


 イエリナは少し寂しそうに答える。こういった状況を佐三は知っていたのだろうか。知っていたからこそ素早く判断して行動しているのだろう。イエリナはまた少し彼との距離を思い知らされた。


「さあほら。食べた、食べた。まだまだおかわりもあるよ」


 少し暗くなっているイエリナに女将が食べるよう促す。四人はそれぞれ食事に手を付け、舌鼓を打っていた。


「おいしいですね!」
「うん、うまい」
「そうだろ、そうだろ」


 それぞれが美味しそうに食事進めていく。女将は楽しそうに一行を見ていた。イエリナはそんな皆の様子にうれしく感じつつも、依然として頭の中にどうすればいいのかという問いが残り続けていた。


「どんなに良いものを作ったって、食べる人がいなければ意味がないからね。さあ、どんどん追加してちょうだい」


 そう言うと女将はキッチンの方へ戻っていく。また別のものを用意してくれるのだろうか。自分たちもさほどお金に余裕はないだろう。しかし生産者のことも考え、格安でも多く振る舞おうとしているのだ。


(せめてお代は多めに振る舞おう)


 イエリナはそう考えた。


















「でも、どうしたものですかね」


 アイファが話し出す。


「イエリナ様のおっしゃることも凄くよく分かります。話を聞けば、私もその盗賊の人達にも同情してしまいました。でも実際にどうやればいいのかと言われると、難しいですね。それにこうやって町の人達に被害が出ているのをみると……」


 アイファどこか申し訳なさそうな表情を浮かべる。アイファ自身、自分の給金は十分以上だと思っている。それだけにきれい事ばかりを述べて事態の改善が遅れてしまうことがこうした女将さん達に悪い気がするのだ。


 そしてそれはイエリナも重々分かっていた。


「どうしたんだい。そんな暗い顔して」


 女将が食事を運びながら尋ねる。


「えっと……」


 イエリナは話をするかどうか決めかねる。町の重大事項であり、話が大事になることも防がなくてはならない。話すことにリスクがあることは承知だった。


「いいんだよ。無理に話さなくて」
「えっ?」


 女将の言葉にイエリナは一時言葉を失う。


「無理に話す必要はないよ。イエリナ様が町の皆のことを考えていることはよーく分かってる。ただ私たちはイエリナ様についていくだけさ」


 女将はそう言ってイエリナに笑いかける。その言葉が何よりイエリナの支えになった。


「私たちは今を生きていくだけの生活と、イエリナ様が笑っていただけるのが一番さ。それ以上は望まないよ」


女将はそう言うと料理を置いて、また厨房の方へ戻っていった。


「女将はどことなく察しがついているみたいだな」


 ベルフはまた料理を口いっぱいに放り込みながら話す。


「まあ、佐三様がハチ様を連れて盗賊狩りに出ていると言うことは、作戦会議の段階で広く知れ渡っていますしね。それに相手がどういう集団なのかも共有されていますから……」
「……苦境にありながらイエリナの考えに寄り添うとはな。随分と慕われているみたいじゃないか」


 ベルフがそう言うと、イエリナはうれしさ半分申し訳なさ半分といった表情をした。その想いに自分がどれだけ答えられているだろうか。イエリナは自らに問いかける。


(何かないだろうか。何か……)


「ほら、イエリナ。食べないと冷めるぞ」


 隣では出された食事を次々に平らげていくベルフがいた。彼の食欲はすさまじく、普段から佐三は手を焼いている。しかし今回はそんな監視役がいないということもあり、思う存分食事を楽しんでいた。何せタダ飯なのだ。食べない手はない。


「ま、『衣食住足りて礼節を知る』ってことだ。ん?ここは『腹が減っては戦ができない』、か?まあなんでもいいが食う・寝る・着るが先。他は後さ。食わなきゃ良い考えも浮かばないだろう」


 ベルフはそんなことを言いながら次々に料理を口に運んでいく。女将も久々に作りがいがあるのか、うれしそうにその様子を眺めていた。


(まったく、食い意地ばかり……あれ?)


 イエリナは何かが引っかかっていることに気付く。


「ベルフさん、今なんて?」
「ん?飯がうまいなって」
「そうじゃなくて、その前か後か。少し難しいことを」
「ああ。前にサゾーに教えてもらった言葉だ。『衣食住足りて礼節を知る」。俺のいた村では『飢えた狼は礼儀をもたない』って言うが……それがどうかしたか?」


 ベルフはそのまま黙り込んだイエリナをじっと見る。イエリナは顎に手を当て考え込んでいた。


「でも、狼さんも難しい言葉知ってるんだね!」
「……どういう意味だ、嬢ちゃん?」
「私も、珍しくベルフさんが難しいことを言っているので、びっくりしちゃいました」
「お前らな……」


 二人はベルフをからかい、楽しそうに笑っている。ベルフはそんな二人を呆れたように見ている。すると不意にイエリナが顔を上げ、食事を取り始めた。


「考えていると思ったら急に食べ出して、忙しい奴だな」
「ええ、腹が減っては戦はできませんから」


 そう言うイエリナの目は今までのものとは変わっていた。きっと何かを思いついたのであろう。進むべき道を定め、動き出している。ベルフはそう感じた。


 普段では見ないイエリナの様子にアイファとナージャも呆気にとられている。いつもならば「行儀が悪い」とナージャをたしなめているイエリナだ。にもかかわらず今のイエリナは普段では見られないスピードで料理を平らげていく。


 二人はそんな様子にしばらく言葉を失っていた。しかし少しして二人で見合い、笑みを浮かべると二人とも同じように食事に手をつけていった。そしてベルフも「やれやれ」と漏らしながら、続くように料理を口の中に入れていった。


 そんな四人の様子を女将はどこかうれしそうに見ていた。


「まいったね、この様子じゃまだまだ足りないよ」




 女将はそう言うと三度、厨房の方へと戻っていった。















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