異世界の愛を金で買え!

野村里志

選ぶこと、捨てること









「どうしても……ですか?」
「そうだ。徹底的にやる」


「徹底的にな」


 佐三はそう呟いた。














 夕方の政務室。日に日に短くなっていく陽は既にかなり傾いており、今にも沈んでしまいそうであった。


 今朝町に帰ってきたハチと佐三を一同は温かく出迎えた。イエリナはハチと一緒に出かけた佐三に対して何か思うところがあるのか少し不機嫌ではあったが、それでも喜びが勝っていた。


 しかし帰ってきた佐三に告げられた今後の計画を知ると一同に口を閉じてしまった。


「あの、サゾー様……」


 アイファが思い切って発言を試みる。


「なんだ?アイファ?」
「えっと……その……」


 いたって普通でいつも通りの佐三である。しかしそれだけにアイファは発言することが躊躇われた。


「あの……」
「これはあんまりだと思います」


 アイファの言葉を遮るようにイエリナが言う。佐三に面と向って刃向かおうとするのは勇気が要る。アイファに言わせては可哀想だ。イエリナはそう思った。


「どこがだ?」


 佐三はかるく微笑みながら質問する。しかしその優しい表情が提案とあいまってどこか恐ろしく感じた。












 佐三が述べた今後の展開はこうである。


 はじめにあの小領主をある程度泳がせる。放置すれば彼らは拉致してきた従業員から知恵を借り、佐三のやっている事業の模造品を生産するだろう。そうしたらそれをどこかに売ることになるが、その市場はもちろんこの町だ。というのもその小領主の領地はさほど潤っているとはいえず、領民に衣類を買う余裕はない。となれば商人が多く訪れ、住民にも経済的余裕が出始めたこの町を狙うだろう。


 加えて佐三達のいるこの町で衣料品を売れば、佐三達の利益を削ることも可能である。彼らからしてみれば一石二鳥の策である。更には盗賊達を利用して佐三達の商品が外に出なくなれば他の大都市でも衣類を単独で売ることができる。そうなればさらなる利益も見込めるのだ。


「この作戦は素晴らしい。成功しないということをのぞけばな」


 目論見に対する佐三の言である。佐三はこれに対していくつかの問題点を指摘した。


 一つ目はこの町での商売は簡単に禁止することができるという点である。現代社会であれば自由市場の原則に反するとしてそんなことは中々できない。しかしこの世界では違う。町の統治者がルールであり、ダメと言えばダメなのだ。それにそもそも自由市場などという法律をこの町が用意しているわけではないのでそもそも違法ですらない。


 二つ目は他の町で売ること、これも難しいことである。他の町は他の町で商人ギルドが同様に規制を張り巡らせて新規参入を徹底的に防いでいるためである。


どこも大きい町は関税やら、登録制度やらの小難しい方法で余所者が商売できないようにしている。建前は色々だが本音はただ新しい競争相手が来ないようにするためである。商人ギルドの肩書きが無いかの小領主が、新しい町で商売をすることは難しい。佐三がわざわざ商人ギルドの肩書きを取るために時間をかけたのもこのためである。


「はじめの段階で、奴らはこの町で売り上げを出すことに成功する。もし売れなくても、俺たちが買ってでも成功させる。するとどうなるか?奴らは必ず欲をかく。追加の利益を求めて生産規模を拡大させるはずだ。例え借金をしてでもな」


 その後追加投資をしたところでこの町の商人を締め上げる。するとあげていた利益は吹き飛び、回収不可能な投資と人件費、大量の在庫が残されるのである。


(成功は人の判断を鈍らせる。成功体験が忘れられず、成功が永遠だと思い込む)


 佐三はかつての日本経済の歴史を思い起こす。成功が忘れられず、緩やかに朽ちていったあの姿を。


 佐三は話を続ける。


「小領主が金に困れば盗賊達への報酬も渋りだす。そうなれば盗賊達は必ず小領主とぶつかるだろう。それがきっかけで領民にさらに税をかけたりなんかしたら、あそこの貧しい民衆はいよいよ立ち上がらざるを得ない。……蜂起がおきることになる」


 どこまで上手くいくかは分からないが少なくとも小領主の領地は疲弊し、盗賊とは亀裂が生まれる。佐三達は労せずして仕返しと包囲の解除を達成する可能性が高い。


「この町の周りの商人が襲われることが増える可能性はどうだ?」


 ベルフが尋ねる。


「良い質問だ。ベルフ。そこでお前への仕事だ」


 佐三は既に書いておいた指示書をベルフに渡す。


「これから囮として大きめの荷馬車を用意して外へ送り出す。ベルフは商人に扮してそれに乗れ。おそらく彼らは襲ってくるだろう。そこを返り討ちし、できれば何人か生け捕ってくれ。俺の見たところ単一の盗賊団だから、必ずアジトがあるはずだ」


 無論、アジトに攻め入る気などない。ベルフはあくまで脅しになれば良いのだ。人狼が現れる可能性があるとなれば向こうは嫌が応にも足踏みする。そうなれば盗賊は生活するために小領主の方へと向うことになる。同士討ちが始まるのだ。


「あの、サゾー様」
「なんだイエリナ」


 イエリナが質問する。


「これってハチさんが元いた領地の人々は……それにうちの従業員は……」
「従業員に関しては再雇用する。人材は足りていないからな。だが領民は……」


 佐三は「わからん」といった風な仕草をとった。無論佐三は承知している。いずれにせよ、その領民達はこれから更に苦境に追い立てられると言うことを。下手をすれば地獄まで。


 ここまでが佐三の説明であった。
















「何もかもです」


 イエリナは答える。


「あの小領主は確かにハチさんに命令して、サゾー様を襲わせました。これは紛れもない事実です」
「そうだな」
「だからといって、領民まで巻き込んで良いはずがありません」


 イエリナはまっすぐ佐三をにらみつけて言い切る。一人の町の長として、これはひくことができなかった。


「じゃあどうする?」
「え?」
「この町が苦境に立たされていくのを、黙って見るつもりか?」


 佐三はかるく口角を上げながら答える。無論その目はまるで笑っていなかった。


「それは……」
「いいか、イエリナ。できれば全員が上手くいく方が良い。それは俺も同意だ。だがな、そんなことはあり得ないんだ」
「そんなこと……」
「ないと言えるか?提案なら聞くぞ?」


 そう言われてイエリナは黙ってしまう。佐三はそれを見て話を続ける。


「何かを選ぶには、何かを捨てなければならない。それが選択だ。そしてその選択をしなければいけないのが長であり、経営者であり、リーダーだ。その責任から逃れることはできない」
「………」
「もっと直接的にやる方法もある。例えば彼らがしたみたいにベルフかハチなりを送り込んで暗殺するとか、脅すとかな。しかしそうすればベルフとハチに命の危険という馬鹿でかいリスクを背負わせることになる」
「それは……」
「勿論どこかでリスクを背負うことにはなるだろう。盗賊には一度脅しをかけなくちゃならん。だが兵隊相手にするのと比べればまだマシだ」


 佐三はそこまで言うとイエリナの返答を待つ。イエリナは何か言い返そうと思ったが、何一つ言い返せなかった。


 佐三は他にもいくらか温厚な手は考えている。しかし一度恨みを買ってしまえば殺さないにせよ引導を渡す必要がある。二度とは向うことのできないように徹底的に。さもなければ再び噛みついてくるのだ。これは平家物語をはじめ歴史が証明している。


 そして引導を渡すやり方は直接でないことが理想である。そうすれば小領主に、変に復讐心を燃やさせるリスクが減る。誰が敵とも分からぬまま沈んでいく、それが理想であった。


 この点から佐三はこの戦略を導き出した。いくらかまだ詰め切れていない部分はあるがそれは追々手を加えればよい。これがダメでも他に手もある。


 しかしこれまで多くの事業を手がけてきた佐三の経験から来る勘ではあるが、この計画は実行に移せばおそらく成功する。そんな気がしていた。


 そしてそれは同時に盗賊団、小領主、領民を交えた対立を生みだし、誰かを敗者へと突き落とすことである。おそらくは全員を。


「どうしても……ですか?」


 イエリナが力ない言葉で聞いてくる。耳は折れ、視線は下を向いている。


「そうだ。徹底的にやる」


 佐三はそんなイエリナの顔を見つめながら話す。自分も昔はこんな顔をしていただろうか。いつのまにか平気で選択ができるようになっていた。


「徹底的にな」


 佐三はそう呟いた。













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