異世界の愛を金で買え!
二匹狼
アオォォォォン
真夜中の町。静けさの中に今日も遠吠えが響き渡る。一時はその遠吠えに慣れない町の住人が多かったが、今では夜の安全の象徴としてその声に起きる者はだれもいない。よく響き、遠くまで通る声は、当人の実力を明確に表しており、近くの賊、とりわけ獣人の賊は町に近寄ろうともしなかった。
「あいかわらずうるせえ遠吠えだ」
ベルフが遠吠えをやめると、後ろから声が聞こえてくる。同じく人狼のドニーである。
「まったく、毎日かかさず吠えやがって。そんなことしなくたって賊は寄り付きはしねえよ」
「ま、これも業務の一環でな」
ベルフはそう言いながら月を眺める。佐三がイエリナにプロポーズしたこの塔は町で一番高い場所である。月がよくみえることからベルフの密かなお気に入りの場所でもあった。そして今夜は特に美しく月が見えている。
「ドニー、お前こそこんなところで油売ってていいのか?部下達はどうした」
ベルフが質問する。ドニーは「けっ」と悪態づいて答える。
「どいつもこいつも、お前の遠吠えに聞き入っちまっているよ。最近ではお前の後に続いて吠える始末だ」
そう言うと町の別の方角から狼の遠吠えが聞こえる。それぞれが謙虚に一回ずつ、ドニーの部下達が吠えていた。
「なるほど、それで苛立っていたのか」
「うるせえ。ったく面白くねえことになっちまった」
ドニーはそう言うと塔の屋根へとよじ登る。ベルフも同じように屋根へと上がった。
「なんだよ、来るんじゃねえよ」
ドニーはあからさまに嫌そうにベルフを見る。しかし今夜は特によく月が見える夜だ。特等席をむざむざ譲る義理はなかった。
二人はしばらく黙って月を見ていた。どれくらいたった頃だろうか。先に口を開いたのはベルフの方であった。
「……随分と慕われているな」
「……何がだ」
ベルフの言葉にドニーは顔を向けることなく聞き返す。
「お前の部下達だ。よくお前についてきている」
「はっ。なんだよ嫌みか?見なかったのか?俺の部下達がお前に憧れて遠吠えをするところを」
ドニーは『馬鹿にするな』とばかりに両手をあげる。しかしベルフはいたって真剣であった。
「真面目な話だ」
「けっ。どうだかな」
ドニーはそう言って横になり、目を閉じる。涼しい風が頬を撫でていた。
そこから再び沈黙が訪れる。次に口を開いたのもベルフだった。
「パーティーでの佐三の送迎。助かった。恩に着る」
ベルフの言葉にドニーは目を開ける。
「お前、何か変なものでも食ったのか?」
「いや。いたってまじめだが」
そう言うベルフにドニーは何も言わずに寝返りをうち、背を向ける。しかししばらくしてからどうしても納得がいかないのか起き上がり、ベルフに問いかけた。
「なあ、お前。一体何があったんだ?」
「………」
ドニーの質問にベルフは答えない。ドニーはさらに続けるように質問する。
「いっちゃなんだが、昔のお前は強かった。俺なんか歯牙にもかけないくらいにな。だから俺は村を出た。あそこじゃ絶対に一匹の雄として生きていけないって思ってな」
「………」
「戦う力という意味では今も変わらないのだろう。だが少なくとも昔のお前なら人間に仕えたりなんてしようとはしなかったはずだ。他の種族と馴れ合うことも。何故だ?何があった?」
「………」
「村の長として、一つの狼として、己の信念にしか従わない。それが人狼族の、あの村での掟だった。そしてお前は何より長としてその心構えを受け継いできた。なのにどうして?」
「………」
ドニーの質問にベルフはただ黙って月を見ていた。ドニーは「けっ」と漏らしながら、再び仰向けになり、月を眺める。
(あの頃から、こいつはよく月を眺めていたな)
当時からすればベルフは恐れ多い人狼族の長であり、共に月を見るなどということは当然できなかった。しかし今では町の塔の上で、隣で月を見上げている。これを自分の出世ととらえていいのかどうか、ドニーにははかりかねていた。
「なあ、ドニー」
「なんだよ?」
「お前はあの男……マツシタ・サゾーについてどう思う?」
ベルフが寝そべりながら質問する。
「さあな。いけすかねえ野郎だ」
「それだけか?」
「……だが時々、恐ろしいほど鋭い目をしやがる」
ドニーは正直に感想を述べた。
「俺は金貸しをはじめとして、色々な汚れ仕事を請け負っていた。だから人間のクズはいくらでも見たし、濁った目をした奴をいくらでも見た。……だがあいつはそのどれとも違う」
「恐ろしいか?」
「馬鹿言うな。人間ごときにびびるかよ」
ドニーがそう言うと、ベルフは小さく笑みを浮かべた。
「……俺は恐かったよ」
「……っ?!」
「はじめて会ったときはな」
ベルフが笑いながら続ける。
「あいつはヘラヘラとしながら、時々人の心の奥底まで見通しているんじゃねえかってくらい見抜いているときがある。女心はまるで分かっちゃいないくせにな」
「………」
「何があんな目をさせるようにさせちまったのかね。……だがおかげで俺は救われた」
「救われた?何をだ?」
ドニーは再び身体を起こしてベルフに問いかける。
「詳しいことは恥ずかしくて言えねえよ。だが確かに言えることは、あいつは決して俺の望むようにはしなかった。甘やかしたりもな。どんなに威嚇しても離れなかったし、俺に向ってきてた。分かるかドニー。俺たちは時に自分でも何を欲しているのかわかっていない時があるのさ」
ドニーは黙ってベルフの話を聞いていた。今までは目の上のたんこぶであり、理想像のような相手でもあったが、今はどこか近いものを感じていた。
「……けっ」
ドニーは再び横になり、目を閉じる。何があったのかは知らないが、この男はもうかつてのベルフではないのだ。気にしたってしかたない。それはどこか空しくもあり、悔しくもあった。
ベルフは満月の光を浴びながらゆっくりと目を閉じる。近いうちに佐三は帰ってくるだろう。その時にはまた働かなくてはならない。
(あいつは人使いが荒いからなぁ)
ベルフはそんなことを考えながらに徐々に眠りへと入っていく。
もうじき来る仕事の予感もそんなに悪い気はしなかった。
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