異世界の愛を金で買え!

野村里志

現場主義









「いくらか消えた人間がいる?」


 佐三は不思議そうにハチの報告を聞いていた。


「はい。主殿がいま注力している衣服に関する事業ですが、町の外に出た従業員がいつになっても帰ってこないという報告を受けました」
「彼らは何のために町の外に出たんだ?」
「目的はバラバラです。休暇を利用して一時的に里帰りした者。外部の業者に材料を買い付けに行った者。別の町に遊びに行った者などです」
「事業と関係ない用事で出て行った者が多いな」
「はい。買い付けに行った者も、買い付け自体は一人で行ったわけではなく、一人単独行動をしていたところいなくなったそうです」
「その時期は?」
「全員ここ最近の出来事です。なのでたまたま帰ってこないだけかとも思ったのですが、こう立て続けに起きているので、報告はしようと」
「正しい判断だ。全ての基本は報告・連絡・相談だ」


 ハチは「はっ」と敬礼し、姿勢を正す。しかし犬族の性であろうか。尻尾は正直で褒められたことがうれしかったのか強く左右に振っている。


「それともう一つ耳に入れたいことが」
「何だ?」
「私のかつての主が新しい商売に手を出そうとしているとのこと。それも、貴方を倒すと謳って」
「どこからの情報だ?」
「私がかつて懇意にしていた犬族の者から。信用できます」


 ハチの言葉に佐三はおおよその概要が見えてきた。


「なるほど。うちの衣服事業を真似して利益を上げようって手か。そんで従業員を強奪して技術を盗もうと」
「おそらく、そうかと」
「にしては随分と強引だが」
「おそらくはじめは金銭で釣ろうとしたのでしょう。しかしこの町の給金は他と比べてもかなりの好待遇ですからね。誰も乗っては来なかったのでしょう」
「人一人買収できないとは。随分とお金には困っているみたいだな」
「かの小領主はかなりの酒飲みで遊びも派手です。自然の成り行きかと」
「だから無理矢理拉致したと?」
「その可能性は高いですね」
「なるほどねえ」


 佐三はそう言いながら天井を見上げる。頭の中で情報がつながり始めていた。


「となると最近噂の盗賊団も、ひょっとしてその小領主の領地では悪さしていないんじゃないか?」


 佐三は商人の報告を元にまとめられた被害報告書を見る。この町を中心に至るところで被害が出てはいるが、唯一その領地付近でだけ報告はなかった。


「ビンゴだ。随分早かったな」


 佐三はそう言って紙を取り出す。そして頭の整理をすべく、考えをつらつらと書き込んでいった。


「主殿、いかがしましょう?命令とあれば私が出向いてこの手で……」


 ハチにとってこの件は無関係ではなかった。おそらく小領主はハチが佐三の元にいることを知っている。それが故に余計に腹立たしくもあるのだろう。だからこそこの町の事業を潰すべく動いているのだ。


(これは私が解決しなければ……)


 ハチが神妙な面持ちで考えていると、不意に頭に衝撃をうけた。


「いたっ」
「何考えてんだ、お前は」


 佐三が呆れたようにハチの頭にチョップを入れる。かつての世界であればパワハラ、セクハラのダブルコンボで一発アウトだが佐三は既にこの世界になれきっていた。


「主殿、何を……」
「自分の価値を安く見積もるな。人は消耗品じゃないんだぞ。そんな簡単に危険なことやらせられるかよ」


 佐三が真面目な顔で言う。これまでで佐三がハチに対してこれほど真面目な顔で話すのは、雇ってもらうことになったあの日以来であった。


「しかし、これは私の責任でも」
「そりゃ事の発端はハチにも関係してるかもしれないが、それだけじゃないだろう。第一、責任は誰か一人がとりゃいいってもんじゃない。例えとったとしても、とれるのは最高責任者である俺だけだ」


 そう言って佐三はまたペンを動かす。既に紙は文字や図で埋め尽くされ、佐三は早くも次の紙に書き込んでいた。


(まったく不思議な人だ)


 ハチはそう思いながら佐三をみつめる。


 かつての主、その小領主の元ではありとあらゆる責任をとらされた。自分の失敗も、そうでないものも。その度に無茶をし、手を汚した。体中には傷があり、既に女性としての価値はないだろう。血で染めたその手は、人として生きるにはあまりにも汚れすぎている。


(こんな待遇、本来ならば受け取って良いはずがないのだろうがな)


 ハチはそう思いながら、佐三に質問する。


「主殿、それではどのように?」
「うーん、そうだな」


 佐三はペンを止めると、ハチの方を向く。


「うちの事業を真似るのが目的なら、連れ去られた彼らはすぐには危害を加えられることはないだろう。それに今すぐに助けに行くといっても、情報が少ないままでは要らぬ被害がでるかもしれない」


 ハチはだまって頷く。


「そこで、だ。ハチはまずこの事実を従業員に広め、不用意に町の外に出ないように伝えてくれ。もしやむを得ず出る際には護衛を伴うようにとも。護衛の人員は俺の方で確保しておく」
「承知しました」
「そしてその注意喚起が終わったら、一度その小領主の治める町に赴くとしよう。出立はそうだな、二日後にする。だから準備をしておいてくれ」
「はっ!」


 ハチはそう元気よく返事をする。しかしここで一つ疑問が生じた。


(今主殿はなんと言ったのだ?『赴くとしよう』?それではまるで主殿が足を運ぶようではないか)


「主殿すいません。もう一度言っていただけますか?」


ハチは再度聞き返す。


「ああ。現地調査だ。俺が直接出向くから、ハチにはその道案内と護衛を頼む」
「はい……ってええ?!」
「どうしたハチ?珍しく大声をあげて」


 佐三はきょとんとした顔でハチを見つめる。そう当たり前のように言う佐三の方がハチとしてはびっくりであった。


「何当たり前のように自分で行こうとしているんですか!たった今危険だって言ったばかりではないですか!」
「そりゃ危険だが……、別に今から行くのは暗殺だとか血なまぐさいものじゃない。ただの調査だ。リサーチだよ、リサーチ」
「そう言われても……」
「大丈夫だって、お前がいるんだ。それに中に入るのは商人ギルドとしての正式なお墨付きがある俺が一番適任だろ?それに俺の方としても、


 佐三はそう言うと、紙にいくらか書き加える。ペンの動きが止まったことからおおよその考えがまとまったことが見て取れた。


「随分直接的な手を使ってくるみたいだが、商品のコモディティ化はビジネスの常だ。その程度のリスクは現代のビジネスに携わる人間には常識だ。まっ、せいぜい知識のアドバンテージを十分に活かさせてもらうとしましょうか」


 佐三が言っていることはハチには余りよく分からなかった。時々この人は不思議な言い回しをする。しかしそれでいて謎の安心感があった。


(不思議だな。これから危険な仕事だというのに、どこかわくわくしている自分がいる)


 ハチはそんなことを考えながら佐三の指令を待つ。佐三もそれを察していくらかハチに指示を出した。


「じゃあハチ、さっき言ったとおり注意喚起を行ってくれ。そしてそれが終わったらベルフをたたき起こしてきてくれ。あいつと治安維持について話しとかなきゃいけないからな」
「承知しました」


 ハチはそう言うと軽やかな足取りで廊下へと歩いて行った。













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