異世界の愛を金で買え!

野村里志

来る者あれば、去る者あり









「盗賊団?」


 佐三が聞き返す。


「はい。現在この周辺地域で度々出没して、商人達が被害を受けているようです」


 イエリナは報告書を手に取りながら説明する。佐三は報告書を受け取り、自らさらなる詳細を確認する。日時や報告、被害状況などからおそらく同一の集団によってなされている可能性が高かった。


(いずれにせよ早い内に手は打った方が良いな。本来ならば他の地域の小領主が手を打つはずなんだが……こう領域をまたいで活動されると、たらい回しになりがちだな)


 佐三はかつての警察組織を思い出す。決して無能なわけではないのだが、組織の構造上、管轄をまたいだ犯罪に上手く対処できない特徴があるのだ。治安維持にはどの世界でもこういった問題はついて回るのかも知れない。


「ところでサゾー様?」
「なんだ、イエリナ?」
「そちらの方とは、随分と仲がよろしいようですね」


 イエリナの視線先にはすまし顔で佐三の横に立っているハチがいた。ハチはかなり近い距離で佐三の横に立っており、その様子にイエリナは少しずつ苛立ちを見せていた。


「まあ、確かに近いけど……」
「イエリナ殿。お気になさらず、護衛ですので」


 ハチは何食わぬ顔でそう言うと「主殿、肩に糸くずが……」と佐三の肩に触れる。佐三がハチの方を見ていたこともあって、非常に顔が近づいていた。


ピキッ


 端で見ていたアイファは何か糸が切れる音が聞こえた気がした。


(ハチさん?!何やってんの?!そしてなんで佐三様は平気なの?)


 アイファは佐三の鈍さなど知るよしもなく、いつもバランスをとっているベルフはまだ寝ている。アイファだけがこの場所でまともに判断できる人材であった。


「ハチさん?目の前に夫人がいるところで夫を誑かそうなど、ずいぶんな忠義ですね」
「誑かすとは心外だ。猫はいつだってそういったものの見方しかしない。……汚らわしい」
「……猫族に喧嘩を売りましたね?」
「私は犬族の掟に従い、忠義を重んじているだけですよ。イエリナ殿」
(あ、これ種族同士のいがみ合いだ)


 アイファは昔母に聞いたことを思いだした。獣人族でもひとくくりにできるものではなく、種族によっては本能的にそりが合わない場合があると。特に犬族と猫族の仲は人間と獣人のそれよりもよほど悪いとか。


 流石に佐三も気付いたのか、両者に落ち着くように声を掛ける。


「まあ、まあ落ち着けって」
「「サゾー(主殿)は黙ってて(ください)!」」
「……はい」


 佐三は言われるがままに静かにする。佐三はようやく助けを求めるべく、アイファにアイコンタクトを送る。


『ヒジョウジタイ。タスケラレタシ』
『ムリデス。ゴメンナサイ』


 救難応援は失敗した。


 するとそこにベルフが入ってくる。


「サゾー、ちょっと」


 佐三はベルフの呼びかけに応じてそろりそろりと部屋を抜けていく。理由は分からなかったが渡りに船であった。


「どうも穏やかじゃないな」
「まあな」
「お前に面会に来ているものがいる」
「わかった。会おう」


 佐三はそう言ってベルフと共に政務室を後にした。














 ベルフに呼ばれて行った先には猫族の老夫婦がいた。


「お初にお目にかかります。サゾー様」
「これは、これは。確か西通りの靴屋を営んでいる……」
「なんと、ご存じでしたか」


 旦那は佐三の言葉に目を丸くしながら答える。


「それで、御用件とは?」
「それが……」
「私たち、この町を出ようと思いまして」


 旦那が口ごもると代わりに妻が話す。


「それはまた、どうして?」
「……この町は十分に発展しました。何もかもサゾー様のおかげです」
「………」
「しかし、私たち老いた人間には、どうも馴染めんのです」


 旦那が寂しそうに言う。


「この町は……故郷です。生まれてこの方、この町以外を知りません」
「ですが、商人も多くなり、私たちの靴も、あまり売れなくなってしまいました」


 二人が言う。佐三はこれから先のことを聞いてみることにした。


「……行く当てはあるのですか?」
「少し離れたところに、親戚がおります。そこを頼ろうかと」
「そうか……」


佐三はそれだけ言うと、ただ黙って夫婦を見つめた。佐三が来たことでこの町は生き延び、活気づいた。しかしそれが全ての人間にとって良い結果であったと言い切れるわけではない。少なくともこの夫婦は、佐三が来ることがなければずっとこの町で生きていったのだろう。仕方ないことではあるが、結果として追い出すことになっているのだ。


「イエリナには、会われましたか?」


 佐三が尋ねる。


「いえ」
「イエリナ様は幼い頃からよくうちの靴を買いに来てくれました。それだけに会えば決心が鈍ってしまいますので」
「そうですか……」


 少しばかりの沈黙が続く。


「せめて送りましょう。馬車を貸し出すことぐらいはできます」
「いえいえ。それほど大した距離でもありません。それに私たちが来たのは別の理由からです」


 そう言うと旦那が佐三の手をとる。


「ありがとうございました。イエリナ様と結婚していただいて」
「っ?!」


 佐三は思いがけない言葉をもらい、つい黙ってしまう。


「別に、私はたいしたことは……」
「そんなことはありません。両親が亡くなり、ただ気丈にふるまっていたあの娘が、今は非常に楽しそうにしています」
「そんなことは……」


 すると政務室の方から声が聞こえてくる。おそらくハチとイエリナの言い争いがまだ終わっていないのだろう。佐三は困ったように頭に手を当てた。


「こんな風に感情を露わにしているのも、貴方様が来てからです」
「だからどうしても一言、お礼を言いたかったのです」


 二人はそう言うと、深々とお辞儀をした。佐三も同様に頭を下げると老夫婦は礼を言って去って行った。


「まさかお前が礼を言われるとはな」
「……ほっとけ」


 佐三がふてくされたように返す。しかし内心穏やかではないのも事実だった。


「何事もすべてが望むようにはいかないものだ」
「けっ。そんなこと知ってるよ」
「そうかい。それにしては随分と渋い顔をしていると思ってな」


 ベルフがニヤッと笑い、佐三に語りかける。佐三にもベルフの思いやりは十分すぎる程伝わっていた。


 すると政務室の方からまた声が聞こえてくる。おそらくアイファも苦労しているだろう。佐三はそんなことを考えながらこれからどうするかを思案していた。


(戻ってわざわざ巻き込まれに行く必要も無いか)


 佐三はぽりぽりと頭をかきながらベルフに指示を出す。


「ベルフ、任務だ。食料庫から干物をいくらか調達してきてくれ」
「あい、了解」
「俺は自分の部屋からいくらかの餞別金をもってくる。門の前で集合だ。今ならあの老夫婦にも間に合うだろう」


 佐三はそう言うと政庁の中に戻っていく。ベルフはそれをある程度見送った後で、ぴょんと跳び、移動していった。




 小一時間帰らなかった二人が、今か今かと二人の戻りを待つアイファに散々責められることになるのはまた少し後の話であった。













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