異世界の愛を金で買え!
夫婦らしいこと
人通りの多い中、佐三とハチはただ静かに対峙していた。
「きゃーー!!」
イエリナが刺されたことに気付いた人が出始め、周りが騒がしくなりはじめる。
しかし佐三はただまっすぐ刺客を睨み付けていた。
「サゾー様!イエリナ様!」
騒ぎを聞きつけて衛兵がやってくる。そこで再びハチは動き出し、佐三に刃を振るった。
「おっと、そうはいかねえよ」
突如として現れたベルフに蹴りを入れられ、ハチは吹き飛ばされる。今度は上手く受け身をとれなかったのか地面にぶつかり何回転かした。
「大丈夫か!」
「俺は問題ない。だがイエリナがやられた」
ハチが起き上がり逃げ出す。しかしダメージが多いのか先程よりは動きが鈍かった。
「ベルフ!先程の作戦、覚えているか」
「……ああ。サゾーはイエリナの手当をしてやってくれ」
ベルフはそう言ってハチの後を追っていった。
「大丈夫か?イエリナ」
佐三は抱きかかえているイエリナに声を掛ける。
「あ、はい。大丈夫です」
イエリナは存外けろっとした様子で起き上がった。どうやら倒れ込んだときに軽く頭を打ったらしく、肩ではなく頭を抑えていた。
「出血している。右肩だ」
「あ、これなら問題ありません」
イエリナは軽く力を入れる。すると右肩の出血は次第に収まっていった。
「私もそれなりに鍛えられてはいますので、刃物ぐらいでは急所を狙われなければ大した傷にはなりません」
「はは……。そうか、それはよかった」
さも当たり前のようにそう話すイエリナに佐三は乾いた笑いを残す。
(あの強烈な平手打ちも、一応手加減されてたみたいだな……)
佐三は一瞬そんなことを考える。
しかしすぐにそんなことを考えている場合ではないと頭を振り、自分のポケットからハンカチを取り出した。
「一応毎日洗濯はしている。とりあえずはこれを当てて、なるべく早く消毒をしよう」
「いえいえ、そんな。サゾー様のハンカチが勿体ないです」
「どっちが大事だと思ってるんだ。とりあえず背中を向けろ」
「はい……」
珍しく強めに言われたイエリナは借りてきた猫のようにおとなしくなった。静かになったイエリナの患部に佐三がハンカチを当てる。
「サゾー様、イエリナ様」
「すまない。少し警護を頼む。あと医者も呼んできてくれ」
「わかりました」
佐三は従者にそう言うと、従者達は一部が医者を呼びに、残りが警備に移った。
「とりあえず政庁に戻ろう。帰れば包帯もあるし、何より傷口を洗わなくちゃならん」
そう言うと佐三はイエリナに自身でハンカチをおさえさせ、イエリナを背負った。
「ちょ、サゾー様。私歩けます」
「いいから動くな。背負いにくい。出血が悪化したらどうする。安静にしてろ」
佐三は有無を言わさずイエリナをおんぶして、歩き始める。イエリナは比較的大柄であり軽くはなかったが弱音を言っている場合ではなかった。
町の中心部であったこともあり政庁まではすぐについた。
「ありがとう。引き続き建物周りの警護を頼む」
「了解しました」
ここまで警護してくれた従者達はそれぞれに移動していく。
「イエリナ様どうしたの!」
騒ぎを聞きつけたのか玄関までアイファとナージャが駆けてくる。
「説明は後だ。アイファは包帯を、ナージャは井戸から水を汲んできてくれ」
佐三はてきぱきと指示を出して人を動かしていく。そしてそのままイエリナを背負って中庭へと向っていった。
「よし、イエリナ」
佐三はイエリナを下ろす。
「服を脱げ」
「へっ?」
突然の言葉にイエリナはショートする。しかし佐三は淡々とイエリナの服を脱がしていった。
「ちょ、ちょっとサゾー様」
「脱がなきゃ手当できんだろう」
「でも流石に……」
「良いから早く」
「わかりました!わかりました。せめて……自分で脱ぎます」
イエリナはそう言って、佐三に背を向けてから服を脱ぐ。丁度そのタイミングでナージャが水を持ってきた。
「少し染みるぞ」
佐三はイエリナの肩に水をかけていく。肩についた血は流れ、徐々に傷口がはっきりとしてきた。
(確かにかなり浅い。筋肉が刃を防いだのか?)
佐三はまじまじと傷口を観察する。するとイエリナが恥ずかしそうに「あの、あまりみられると」と言ってくる。
「ああ、すまない」
佐三は再び水をかけ、患部を洗い流す。するとそこにアイファがやって来たので、包帯を受け取り、肩に巻いていった。
「とりあえずはこれで良いだろう」
そう言って佐三は大きく深呼吸をする。少し離れて全体を見るに、包帯もきちんと巻けているようであった。
(あとは、医者が来てからきちんと手当をしてもらえば良いだろう。この世界でも消毒の概念はあるみたいだし、ひとまずは医者に任せて大丈夫だろう)
佐三は一応の安心を得て、自らの手についた血を洗い流す。未知の世界にいるのだ。いかなる伝染病がうつっても不思議ではない。
(しかし、こうしてみると、ベルフ以外の獣人族の身体をみるのは初めてだな)
佐三は手を洗いながらイエリナの身体を観察する。所々人間とは異なり、脇腹には人間にはない獣の毛がうっすらと生えていた。
(尻尾もあるみたいだし、やはり全く違うのだな)
佐三はじっくりとイエリナの背中を見つめる。するとそれに気付いたのかまたしてもイエリナが恥ずかしそうにし始める。
「あの、サゾー様。恥ずかしいので……その……」
「ああ、すまない」
そう言って佐三はイエリナに背を向ける。気の利いたナージャが着替えを持ってきてくれていたようであり、イエリナは替えの服を着始める。
(そもそも夫婦なんだから別に見ても……。しかしそういったことも現代人の感覚なのかもしれん。かつては俺の世界だって貞淑がどうだとか言われてたんだ。女性の露出が増えたのもここ百年の話だろう。そうなるとむしろこっちの方が普通か)
佐三はそう思いつつも、自分がイエリナと夫婦らしいことを何一つしていないことに気付かされる。
(そもそもイエリナとそういうこと……できるのか?生物学的に……)
佐三はそれ以上深く考えるのをやめる。今思えば獣人族と結婚など、本当に大胆なことをしたものである。すぐに帰るものと思っていただけに佐三にそこまで頭が回っていなかった。
(夫婦らしいことか……)
佐三はふと考える。そうした性的な行動は別にしても、それでも佐三とイエリナは何一つ夫婦らしいことはしていなかった。デートはおろか手に触れたことすらもないのである。
(まあ半ば無理矢理に結婚をさせられているのだ。そんなこと向こうも望んではいないだろう)
佐三は横目でイエリナの方を見る。どうやら着替え終わったようであり、心配するナージャに「大丈夫よ」と笑いかけている。しかしその右肩の挙動がどこかおかしいことを佐三は見逃さなかった。
(イエリナには感謝しなきゃいけない。……そして自分の油断もまた、省みなければ)
佐三はそう考えながら、次の対策を考える。事業計画に刺客への対処、それに加えて祭りの準備などやることは積み上がっていた。
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