異世界の愛を金で買え!

野村里志

お金と鏡









「くしゅんっ」


 可愛らしいくしゃみが朝の静かな政務室に響く。イエリナは少し恥ずかしそうに「すいません」と言って業務に戻った。


 明かりが少ないこの世界において日の出る時間は貴重である。朝早くから各々活動を始め、町はすでに動き出している。


 しかし佐三のいた現代社会とは異なり、文明の利器に乏しいこの世界は日の影響を大きく受ける。加えて町が比較的内陸部にあることも関係しているのであろう。季節や時間帯の気温変化はそれなりに大きかった。


(この前までは結構暖かい日差しが差していたというのに……一応今は季節的には夏の終わりから秋の始まりといったところか?)


 佐三はそんな風に思いながら手に息を吐く。息が白くなるようなことはなかったが、それでも寒いことには変わりなかった。


(多分昼間になれば少し暑いくらいになるんだろうか。こうなると断熱材やら空調やらの偉大さを感じさせられるな)


イエリナやナージャ、ベルフはおろかアイファもこの朝の気温にさほど気にしている様子はない。この世界においてこの環境は普通で、イエリナは少し寒がりか冷え性なのであろう。佐三はそう判断した。


(そもそもこの世界やこの地方に季節があるのかすらよく分かってないな。ここはどういう惑星なんだ?地軸の傾きとかあるのか?一応経験則から冬があることは分かっているが……。そもそも当たり前のように太陽とか月があるがあれも多分俺が思っているものとは違うものなんだろう)


 佐三は色々考えていたが結局答えがでることは無いことを知っているため、再び仕事に集中した。アイファにも仕事を教えなければいけないため佐三は自分の仕事をより効率的に進めなければならないのである。のんびりしている暇などなかった。


「佐三様、できました」
「見せてくれ」


 佐三はそう言ってアイファの仕事を確認し始めた。
















「ねえ、サゾー様」
「ん?どうしたナージャ」


 昼時になり、昼食を待つ間、佐三がのんびりと窓の外の景色を眺めていると不意にナージャが声をかけてきた。


「『カイケイ』のお仕事って何?」
「カイケイ?ああ会計か。どうしたんだ急に」
「イエリナ様のお仕事見てたら、いっぱい数字が出てきてすごいなぁって。でもイエリナ様も大変そうだし、アイファさんも今やってるって聞いたからナージャも手伝えないかなって」
「成る程、ナージャは優しいな」


 そう言って佐三はナージャの頭を撫でる。ナージャは「えへへ」とうれしそうに撫でられていた。


「だがダメだ。ナージャには早い」
「えー」


 ナージャは先程とはうってかわって不機嫌そうに佐三を見つめる。可愛らしい少女がもつ何かを訴えかける常套手段であるが、佐三には効かなかった。


「ダメなものはダメだ。お金を扱うことはすごく難しいし、重要なことだ。それに危険なことでもある。ナージャにはまだ早い」
「ナージャだってできるもん」
「そうか?じゃあ……」


 佐三はにやりと笑う。ナージャはそれを見て少し嫌な予感がした。


「勉強、頑張るか?特に算数なんか頑張らないといけないなぁ」
「……やっぱりナージャ別の仕事する」


 佐三は「ハハハハハハ」と大きく笑い、再びナージャの頭を撫でた。ナージャは子供扱いされたように感じたのか今度は少し抵抗した。


「でもサゾー様」
「なんだ?」


 サゾーはナージャから手をはなす。


「なんで会計は大事なの?イエリナ様かアイファさんどっちかがやれば良いんじゃない?交代交代でやれば休めるし、私もイエリナ様ともっと遊びに行けるし」


 最後の方がおそらく本音であろう。佐三はそんな風に思いながら、良い機会だからとナージャに少し話すことにした。


「いいか、ナージャ。会計ってのは『鏡』みたいなもんだ」
「『鏡』?なんで?」
「その組織を映してくれるからさ。どんな集団なのかって」


 ナージャはまだ分からなそうに首をかしげている。佐三は話を続けた。


「例えばナージャ、ナージャはお駄賃をもらったら何に使う?」


 ナージャは佐三の質問に少し考える。


「うーん、町でお魚買うか、お姉ちゃんやイエリナ様とご飯を食べに行くか……。でもいっぱいあったらお洋服を買う」
「そうだな。そしたらそこから見えてくるものがあるだろう」
「?」
「例えばナージャは魚が好きだ。それにお姉さんやイエリナも。洋服も新調したい。ただいっぱいあったらという条件がついているからさほど重要ではないか、もしくはお金を大事に使うっていうことだ。そういう意味ではすごく理性的でもある」


 ナージャは佐三の分析に「へー」と感嘆している。


「これは個人の例だが、組織にもあてはまる。お金の使い方やお金の手に入れ方。それにその量を把握することでその組織がどういうものなのか見えてくる。例えばその町は偉い人にばかりお金が行くのか、それとも町全体のことを考えてつかっているのか。少し難しい話をすると税金の比率やその内訳とかでその町が何を重視しているのかもわかってくる」


 佐三は債務や純利益といった難しめの話はできるだけ避けながらナージャに説明する。ナージャは「うんうん」と頷きながら佐三の話に一生懸命ついてくる。少女らしい反面、こういった姿は非常に理知的であった。


「つまり、だ。お金をどう扱っているかでその個人やその集団の姿が見えてくるって訳だ。特に町の状況を隅々まで見て回ることは大変だ。大きくなればなるほどな。そんなときに会計という手段を通じてその組織の実態を理解していくことができるんだよ」


 ナージャは顎に手を当てながら考えている。佐三は「少し難しかったかな」と自らの説明をやや反省した。佐三は何か良い説明がないか考える。


 そして少し考えた末、閃いたようにナージャに説明する。


「例えば妻が働いたお金を勝手に使うダメ夫や、お金持ちに寄ってくる金目当ての女がいるだろう?そう言う輩は大体クズだ。……特に女は金銭感覚でその性格が如実に出る」
「……お前は子供になんてこと言うんだ」


 不意にした声に振り向くと少し呆れた様子のベルフがそこにいた。


「そんな例えでナージャが分かるわけないだろうが」
「それもそうか。じゃあ……」
「わかった!」
「「え?」」


 ナージャは理解できたことがうれしそうのかニコニコと笑っている。


「町の演劇で見たことある!最初は良さそうに見えても、お金がからむと悪い人ってすぐにわかるもん。かっこよくてもやっぱり金銭感覚がしっかりしていない男の人は、頼りにならないよね。ケチだったり、逆にお金を使い込んだり……そういう人はやっぱりダメだもん。確かに、お金を前にすると人の本性ってでるね!」
「「………」」


 二人が黙っていると、イエリナが食事の支度ができたことを伝えに来る。


「ナージャ、ご飯の支度ができたみたいだから手伝ってあげて」
「はーい」


 ナージャは食事ができたことにうれしそうに部屋を出て行く。男二人はただその様子を見つめていた。


「二人とも、どうかしましたか?」


 イエリナが不思議そうに質問する。


「いや、なんでもない。俺らも手伝おう」
「そうだな」


 二人は立ち上がり、食事場へと向う。


「……今の子って結構大人だな」
「ああ」




 どの世界でも子供は大人が考えるよりずっと早く成長する。佐三はそう感じていた。





















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