異世界の愛を金で買え!
閑話 『銀狼に乗った王子様』
「イエリナ様、ご婚約おめでとうございます!」
「ありがとう、ナージャ。でもこんなにたくさんの花、よく摘んで来れたわね」
「えへへ。ついうれしくって張り切っちゃいました」
ナージャはうれしそうに花束をイエリナに渡す。年相応の屈託のない笑顔はイエリナを含め大人達に幸せを運んでくれている気がした。
結局小領主は捕らえられ、捕まっていた住人達のほとんどが町へと帰ってきていた。ナージャの姉も無事に帰ってきており、今は二人で暮らしている。
本来ならナージャはもうここで働く義務はないが、彼女自身の希望もあってイエリナは手伝いをしてもらっていた。
「でも、ナージャ。無事で良かった。貴方のおかげで結果的に兵士達の誘導が素早くできたけど、もうあんな無茶をしてはダメよ」
「はい。分かりました」
「……今日は随分聞き分けが良いわね」
イエリナはいつもなら「シュンっ」と申し訳なさそうにするイエリナが終始笑顔でいることが不思議ならなかった。
「あーイエリナ様。ナージャ、今浮かれてるんです」
従者の一人が声を掛ける。
「浮かれてる?」
「ええ、まるでおとぎ話を見てしまったような感覚にいるんです。それで興奮が冷め切ってないんですよ」
「おとぎ話?どういうこと?」
「今巷の子供達の間で人気なんです。『銀狼に乗った王子様』って」
「成る程ね」
イエリナはなんとなく事情を察する。
「子供達だけじゃないもん!今町中で話題になってるもん」
「あはは、ごめんごめん」
従者は可愛らしく怒って見せるナージャに目線を合わせて謝る。するとたまたま話を聞いた別の従者が話に参加してくる。
「でも、ナージャの言うことも結構当たってますよ。今、町の劇場で一番人気の演目は『銀狼に乗った王子』ですし、それ以外の演目をやろうものなら観客が怒り出すぐらいです」
「そう。これはどう反応して良いものかしら」
イエリナは反応に困り、微妙な表情をする。自分の話が広まるのは恥ずかしく、実態も大分違うためである。
「それでその話の元になったプリンセスの前にいるんだからナージャも自然と笑顔になっちゃうのよね」
「もー、子供扱いしないでください!」
従者がナージャの頭を撫でると、ナージャが可愛らしく怒ってみせる。
「でも、町の子供達と遊んでいるとき、ちょっと自慢できるのは本当です。元々みんなイエリナ様を尊敬してましたが、今は憧れて会いたがっています」
「確かにそれは私も同じですね。私も町に出かけると町民からいつも決まってイエリナ様のことを聞かれます。ここ最近の封鎖で娯楽もありませんでしたから老若男女問わず皆興味津々です」
「確かに。イエリナ様やサゾー様の事を一目見ようとこの屋敷の近くに来る人もおおいですからね。ほら今もいますよ」
ナージャの話に従者の二人が同調する。イエリナは窓の外で子供達がこちらを見ていることに気付き、窓を開けて手を振った。
「ほら、すごいうれしそう」
「なんかここまで来ると恥ずかしいわね」
イエリナはそう思いながらふと考えを巡らせる。
(もしかしてこういった状況になることも見越してやっているのかしら)
思い返すとこうした状況はなるべくしてなっている。佐三達が現れたのは町の前、しかも町民達の多くが遠巻きに見ていた状況の中である。そんな大衆が注目する中で佐三は大見得を切って現れた。それに塔の上で口づけをする振りをしたのも……。
(って、私何考えてるの!?)
イエリナは近づいてくる佐三の顔を思い出し、頭を振る。彼とは決して皆が思うような恋仲ではない。ロマンスのかけらもない、損得勘定に基づく契約が今回の結婚である。
「ところで、サゾー様は今どちらに?」
ナージャが質問する。
「今は大領主様のお屋敷に出向いておられる。イエリナ様とのご婚約の説明や今後の後処理について話し合いをするそうだ。事が落ち着いたら、イエリナ様とご一緒にまた挨拶に行くそうだぞ」
「えっ!?その時は私も行きたい!」
「ダメよ。ナージャはお留守番」
「えー!イエリナ様、お願い!」
「良いわよ。その代わり良い子にしてなさいね」
「やったー!」
「イエリナ様、いいんですか?じゃあ私もご一緒して……」
「あ、ずるい。イエリナ様私も良いですか?」
従者達とナージャはこぞって同行を求める。
まだ決まってもない予定にこれだけはしゃげている。そんな日常が戻ってきたことにイエリナは心から幸せを感じていた。
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