異世界の愛を金で買え!
義か、利か
遡ること三日前、イエリナとの面会を果たした後、佐三とベルフは町から少しばかり離れたところで野営を張っていた。
「なあ、サゾー」
「何だ?」
「お前は……どうするつもりだ?」
ベルフが真剣な表情で聞いてくる。佐三にはその質問の意図が十分に理解できた。
「さあな」
「もったいぶらずに教えろ。俺の耳には今も猫族の声が聞こえている」
ベルフは軽く声を荒げて佐三に問いかける。
「どうしたんだ?息を荒げて。普段のお前らしくない」
「お前は耳が悪いが故聞こえないのかも知れないが、この苦痛にみちた声は……頭がおかしくなりそうだ」
佐三はベルフの言わんとしていることがよく分かった。猫族の娘達は文字通り暴行を受けているのであろう。それも年端のいかない娘達がである。
「俺は正直猫族に思い入れなどない。もともと私たちや犬族の連中は猫たちと折り合いが良い方ではない。しかしこれは別だ」
「………」
「ここで奴らを見逃すぐらいなら、義を重んじ生きる人狼として末代までの恥になってしまう」
「じゃあどうする?お前が戦って女達を解放するか?」
佐三の言葉にベルフは黙り込んでしまう。
ベルフの戦闘力はそんじゃそこらの人間じゃとても歯が立たない。例え百人が束になっても敵わないであろう。
しかしそれはあくまで正式な決闘や、正面の戦いにおいてである。ルール無用の戦いにおいてはその限りではない。
今現在、小領主の兵は罠を張り、人質すらとっている。そんな中に飛び込んでいってはベルフといえど猫族の娘達を救うことができないことなどベルフ自身よく分かっていた。
「しかし……だからといって……」
ベルフはやりきれない思いで自らの拳を握る。ツメがめり込み、血が滲み始めていた。
「それに、だ。俺はあくまで『利』をもって考える。利益だけを考えて言えば、長老から回収したこの金で小領主達にでも取り入った方が」
佐三がそこまで言うとベルフによって中断させられた。ベルフは佐三の胸ぐらをつかみ、「グルル」と唸っている。
「おい、どうした。冷静になれ。牙が出ているぞ」
「貴様こそ見損なったぞ。貴様も同様に汚い商人の一人だということか!」
胸ぐらをつかむベルフの力はさらに強くなる。
しばらく沈黙が続く。
たき火がパチパチと音を立てる。
「「……ぷっ」」
両方が吹き出し、笑い出したのは同時であった。
「汚い商人って……今に始まった事じゃないだろ」
「もういい、サゾー。いいからとっとと本当の考えを話せ。猫たちの泣き声が苦痛であることには変わりないんだ」
ベルフはまだ笑い続けている佐三に話すように促す。
「考えも何も俺は小領主に取り入って既得権益をもらおうと思っただけだが?」
「おいおい。あまり俺を馬鹿にするな。じゃあ何のためにあの女に求婚なんてしたんだ?」
ベルフはまだ本心を話さない佐三に呆れながら答える。佐三は頭をポリポリとかきながら語り始めた。
「まず、状況の整理だ。俺達の目標は何だ?」
「……猫たちを解放すること」
「違うな。より多くの利益を生み出すことだ」
ベルフは自分の望まない答えが出ていることを暗に示すためにわざとらしい視線を佐三に送る。
佐三はそんなベルフの態度にはお構いなしで話を続ける。
「じゃあ利益とは何か。どのような利益を求めているかが問題となる」
「どのような利益?」
「安定性なのか、成長性なのか、それとも収益性なのかって話だ。言い換えるなら長く稼ぎたいのか、でかく稼ぎたいのか、楽に稼ぎたいのかだ」
「佐三、回りくどいぞ。要はどういうことなのだ?」
ベルフはなかなか話がつかめず、佐三に要点を求める。
「簡単な話だ。おれは小領主に取りいるつもりも、でかいリスク背負って猫族に肩入れしようとも思っていないって事だ」
「しかし、お前はさっき利を考えればって」
「それは間違っていない。経済主体はあくまで『利』を最大化することを目的とする」
佐三は続ける。
「だが考えても見ろ。小領主に取り入ったところで、急に商売を禁止してきたらどうする?禁止しないにしても税を重くかけてきたら?その可能性を考えれば、長くも、でかくも、楽にも稼げやしない」
「じゃあ花嫁のために戦うのか?」
「馬鹿言うな。結婚しているならまだしも、ついさっき会ったばかりの女のためだけにでかいリスク背負うほど人間できちゃいねえよ」
「では、他に理由があれば戦うのだな?」
佐三は何も言わずにたき火に土をかけ、明かりを消す。それが答えであった。
「アウォオオオオオオン」
大きな遠吠えがこだまする。ベルフはひとしきり鳴いた後に衣服を脱ぎだした。
「いつ見てもシュールな絵だな」
「うるさい、服が破れるよりはよかろう」
そう言ってベルフは見る見るうちに巨大な狼の姿へと変化した。
「サゾー。最後に一つだけ教えてくれ」
「何だ?」
「お前の目的を果たすとき、猫たちの泣き声は止むのだな?」
ベルフはその鋭い眼差しを佐三に向けながら問いかける。暗闇の中でその瞳が美しく輝いていた。
「ああ。お前が俺の従業員である以上、泣き声が苦痛になるのではしょうがない。環境改善は経営者の義務だ」
それ以上の言葉はベルフには不要であった。
ベルフは佐三を器用に自らの背に乗せて、夜の道を駆け出した。
コメント