異世界の愛を金で買え!

野村里志

美女と商人









「こちらを」


 二人の前に魚の干物が置かれる。猫族ならではのもてなしなのであろう。隣のベルフは遠慮なく食べている。


 町の中央にあるこの屋敷は他の建物より高く作られており、その最上階である長の部屋は町が見渡せるようになっている。


「まず、事情を伺いましょう」


 佐三は目の前に座る女性の様子を観察する。少しつり目で恐い印象を与えるが、目鼻立ちは整っており、美女と噂されるに相当な女性であった。猫族だけあって、ベルフ同様人間の姿をしているが尻尾と耳が猫のままである。


(ベルフの場合、耳は普通だが牙があるしな。まあ種によってそれはまちまちか)


 佐三はそれ以上考えること無く、挨拶をする。


「お初にお目にかかります。商人の松下佐三と申します。あなた様はこの町の長であるとお見受けしますが」
「そうだ。名はイエリナという。サゾー様?でよろしいか」
「はい、結構です」


 どこの村や集落でも長は一定の礼節をわきまえている。佐三はそう感じていた。これは人種に関係なくこの世界の習わしのようなものなのであろう。しかしこの猫族の部屋、振る舞いからは他の集落より一層厳かな雰囲気があった。


「して、何用で?」


 イエリナが尋ねる。


「ここで通商をしようと思ったのですが何やら兵が周りを囲んでいる様子。どういった経緯があったのか聞きたくてまいりました」


 佐三は言う。無論これは半分近く嘘である。


 佐三は既におおよその予想はついていた。サゾーがいるこの辺りの地域は国、大領主、小領主にわかれて統治されている。おそらくこの町も大領主によってある程度の自治は認められているのであろう。


それ故にこの土地(おそらく真の狙いは女であるが)を狙う小領主は回りくどい手を使ってこの町を干上がらせようとしているのである。直接的に襲撃すれば内乱になる。そうなれば自分の家もお取り潰しされかねない。だから回りくどい手を使って戦いの火種を相手に作らせようとしているのである。


(問題は俺自身がどう身を振るかだ)


 佐三は考える。この土地での利権を獲得することそれが佐三の最大の目的であった。花嫁に関しては正直後回しでも良かった。


それだけに小領主が女だけを連れて行くのであれば別に手を出す理由はない。佐三はそう考えていた。


「この土地での商売は諦めなさい」


 イエリナは素っ気ない態度で言う。


「それはまたどうして?」
「この土地にもうたいした財は残ってはいない。ここしばらくの街道封鎖でこの町はすっかり何もなくなってしまった。さあ、争いに巻き込まれる前にここを去りなさい」


 おそらくその事実が確かなのであろう。実際に侵入したときにざっと見た感じでは、町にはおよそ活気らしい活気は残されていなかった。


「ところでそれとは別件なのですが……」


 佐三は問いかける。


「イエリナさん、僕と結婚しませんか?」


佐三は爆弾を投げ込んだ。










「無礼者!」
「出合え!この痴れ者を許すな!」


 隣に控えていた従者達がツメを出し、臨戦態勢に入る。声に呼ばれてそれ以外の従者も集まってくる。


「サゾー……。お前って奴は」
「すまん、まさかこれほど大騒ぎになるとは思わなかった」


 ベルフと佐三は敵意がないことを示すべく両手を挙げる。


 気がついたら周囲は猫族の女性達に囲まれていた。もっともその美女達が向けているのは満面の笑みでも、好意的な眼差しでもなく、研がれたツメと武器であったが。


「おい、ベルフ軽い冗談じゃないか。なんでこんなに敵対しているんだ」
「そりゃどこの骨かも分からないへっぽこ商人に長が求婚なんてされてみろ。怒りもするさ。それにお前は今まさに敵対している人間だ。そんな奴に崇められている長がなれなれしくされて、あまつさえ求婚まで……。口をきくだけおこがましい」
「……何もそこまで言うかね」
「そこまでだ。下がってな」


 佐三とベルフを囲む従者達を、イエリナが下がらせる。


「無礼な冗談ですが、今は許しましょう。お引き取りを」
「イエリナ様!?しかしっ」
「……今はこんなところで争っている場合では無いでしょ」


(成る程ね。男にひけをとらない姉御肌って感じか。こりゃ慕う部下も多そうだ)


 イエリナは佐三達に帰りの道を示す。佐三とベルフは促されるままに部屋を出て行く。部屋を出る直前、佐三は不意に足を止め一言だけ残した。


「私は本気です。決して早まらぬよう、せめて五日の内は」


 佐三はそれだけ言ってまた歩き出した。


「サゾー。今のは?」


 歩きながらベルフが小さな声で耳打ちしてくる。


「いや、悪い予想が当たんないようにしただけさ。もっともあの様子から見るに可能性は高そうだが」


 佐三はそれだけ言うと、それ以上何も言わなかった。












「まったく人間には碌な奴がいません」


 佐三達が帰った後、従者達は思い思いに文句を言っている。


「イエリナ様、何故あのとき私たちに手を下す命を出してくれなかったのですか?」


 従者の一人が尋ねる。


「バカね。貴方たちが束になってもものの数秒であの人狼にやられてしまうわ」


 イエリナは自分たちの力量を十分に理解していた。そしていくらか冷静でもあった。それだけにあそこで争うような事はしなかった。


 外には佐三とベルフが歩いている。イエリナと従者達はその姿を窓から見ていた。


 従者の女衆は無礼な人間が来たと佐三に敵対心を向け、すぐに見るのをやめた。その中でイエリナだけ、人狼と人間の後ろ姿を最後まで見続けていた。















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