異世界の愛を金で買え!

野村里志

『猫の国』









「なななな、成る程。あああ、あれが例の町か」


 佐三は足をぷるぷると震わせながらベルフから下りて、遠くに見える町を眺める。川の連結部に近く広い平野に思いのほかしっかりとした町があった。


「おい、いい加減機嫌直せよ。こっちだって足が何度も攣りそうになりながら乗ってんだぞ」
「………」


 ここまでの道のり、急ぎの用のため佐三はベルフにまたがってここまで来ていた。その足は並大抵の速さではなく、ここまでの道のりを丸一日で踏破した。


しかし人狼族の誇りとして、あまり背に人間を乗せるのは好まない風習があるらしい。それ故にベルフは未だに拗ねていた。


「しっかしあれだな。こりゃ鞍に代わる何かがいるな」
「なっ!?ダメだぞ!もう絶対に乗せんぞ!」


 ベルフは頑としてこれを拒否する。佐三としても何もない背中にまたがって移動するのは堪えるものがあった。男性であるだけに特に。


「だが見たところ街道沿いに人がいるな。簡単な野営も作っている。武装している所を見ると、あれが長老の言っていた小領主の兵士と言ったところかな」
「……わずかだが猫族の声が聞こえる」
「聞こえるのか?この距離で」
「間違いない。何人か捕まっているな」


 佐三はベルフのその聴力に驚きながら、再度状況を分析する。


(町の壁は思いのほか固そうだ。四方を壁で囲っている。機械もなしにあれだけのものを作るなんて、やはり獣人族は体力が違うな)


 佐三は感心しながら、次に街道沿いの兵士達を観察する。


(街道を通れないように検問をかけているのか?包囲戦でもやっているつもりなのか?大して兵も持たない一介の町に)


 もっとも獣人族は人間とは比べものにならない体力をもつ。それ故に三人束になってやっとまともに戦えるのが普通らしい。


 しかしそれでもここまでやるのは異常なことであった。


「サゾーこれはおかしい」
「ああ、俺もそう思った」
「獣人族と人間の仲が余り良くないとはいえ、あそこまであからさまじゃない。それにあの町には獣人ではない一般の人間も多数存在するはずだ」


 佐三にとっては奇妙な事だが、この世界の獣人か人間かの違いは元の世界で言うところの欧州系かアジア系かぐらいの感覚である。それだけにここまでの徹底ぶりは奇妙であった。


「まあ、何にせよ情報収集といきますか」


 佐三は荷物を担ぎ、半分をベルフに渡す。ベルフもこれ以上佐三を運ばなくて済むことにどこかほっとしていた。














「すいません。こちら北方から来た商人であの町に入りたいんですけど。こちらにギルド公認の証もあります」


 佐三は商人ギルド公認の証である金属板をみせる。


「残念ながら、ギルド公認の商人でも今はあの町に入ることはできません。猫族が住民を人質に立て籠もっているのです」


 兵士はそう言って佐三達に説明する。


「あちらの檻に入っている猫族は?」
「あの町を占領している一味を捕虜として捉えたものです」
「……怪我をしているようですが」
「攻撃してきたのを捕らえたのです。無傷では捕らえられないでしょう」


 兵士はそう言って佐三達に「お引き取りを」と来た道を引き返すか、迂回するように案内する。


「サゾーどう思う?」


 歩きながらベルフが聞いてくる。


「まあ黒だな」
「あれは捕らえるときにできた怪我ではない。あきらかに一方的に暴行を受けた傷だ。それに捕らえられていた獣人のほとんどが女性、しかも若く成人になる前の女性だ」
「戦える男達は既にほとんどやられてしまったか。それともそもそもそんなに数が多くないのか」


 ベルフは軽く牙を剥き出し、怒りを露わにする。


「なあベルフ、お前あの壁飛び越えられるか?」


 佐三が尋ねる。


「ああ。狼の姿なら余裕だな」
「俺を担いでも?」
「……不本意だが」
「じゃあ決まりだな。夜を待とう」
「何をするんだ?」
「侵入して噂の美女にお目通り願おう。情報がいる」
「大丈夫か?状況からして人間にそうとう恨みがありそうだが」
「ファーストコンタクトはビジネスマンの必須スキルだ。任せておけ」


 佐三は自信ありげにベルフに伝える。ベルフは多分に心配であったが、最悪自分がなんとかすれば良いかと結論づけた。


 二人は先程の見晴らしの良い高台まで戻り、腰を落ち着け、夜を待った。
















「イエリナ様。また町の住人がさらわれました」


 町の中心にある一際大きい屋敷、その建物の最上階にその女はいた。彼女の名はイエリナ。猫族の女であり、この町の首長であった。


「街道は封鎖されて食料も尽きかけています」
「わかっているわ」


 イエリナは苛立ちを押さえ込むように答える。既に戦える人材は少なく、打つ手はほとんどなかった。


 少し離れたところでまた猫族の泣く声が聞こえる。今日も暴行を受けているのだろう。耳の良い獣人族にはその声がよく聞こえていた。


「イエリナ様、大変です!」


 すると急に一人の女性が報告に訪れる。


「何事です?」
「巨大な……狼が!」


(ちっ!こんな時に……)


 イエリナはタイミングの悪い招かざる客にツメを噛む。しかし話を聞く限り襲いに来たわけでは無さそうであった。


「何?面会を望んでいる?」


 イエリナは聞き返し、少し考える。いずれせよ戦わぬに越したことはないため、話をすることにした。


 少しして案内された男が二人やってきた。その見た目と臭いからして一人は人間、もう一人は人狼であった。


「初めまして、商人の松下佐三と申します」


 男は続ける。


「あなたを、口説きに来ました」


 佐三は全開の決め顔でニコッと笑いかける。イエリナはそれを見て、彼女にしては珍しく非常に渋い顔をした。


「……どうやらファーストコンタクトには失敗したみたいだな」
「……うるせー。これからだよ」


 これがイエリナと佐三の初めての出会いであった。











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