アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

05.学者の報告

「無事か!?」


 アロイスの声で我に返ったメイヴィスは首を大きく縦に振った。驚き過ぎて声が出ない。が、よくよく考えてみたらアロイスにしっかり護衛して貰った自分に安否の確認をするのは可笑しい。見れば分かる事だからだ。
 ようやく冷静になり始めた頭を上げて、護衛を見上げる。案の定、彼の視線は突き飛ばしたイェオリの方へ向いていた。
 魔物学者は短く息を吐きながら頻りに頷く。


「だ、大丈夫……。すまない、助かった」


 あの場所に突っ立っていたらどうなっていたのだろうか。否、考えるまでもなく噛み千切られた木のように、粉々に磨り潰されていた事だろう。ナイフのように尖った歯ではなく、人間寄りの平たい歯だった。引き裂かれる、と言うより押し潰されるように食われていたに違いない。
 想像するととても恐ろしい。悪寒がしてきたので、自らの腕を擦った。


「ああ、すまん。思い切り引っ張ってしまったが、腕が外れたりはしていないか?」
「何ですか、そのピンポイントに恐い確認! ちなみに何ともないです、助けて頂いて有り難うございます……」
「そうか。お前達に怪我が無くて良かった」


 血圧でも測るかのような圧力を感じていた二の腕から、アロイスの手が剥がれる。


 それにしても、先程の怪物は何だったのだろうか。魔物と言うにはあまりにも異形的過ぎる。誰かが悪ふざけで創り出したクリーチャーみたいだ。
 ――と、そこまで思考してそういえば他でもない学者本人が『神魔物』という情報を既に公表していた。あまりの衝撃に一瞬だけ記憶が飛んでいたが、どんな神魔物かの確認をしようとしていたはずだ。


 一瞬前の事を思い返していると、腕を組んだアロイスがいまだに腰を抜かしているイェオリに訊ねる。


「あれが例の神魔物か? 魔物からも掛け離れた形状だったようだが……」
「そう。奴の名前はストマ。名前が付けられているくらいだから、ウタカタと同じように結構有名な神魔物なんだ」
「奴はああやって、急に現れるのか?」
「ああ。人がいる所ならどこにでも現れる。人数の多い少ないはあまり関係無いみたいだね。ランダムで選んでいるのかもしれない」
「あれに食われるとどうなる?」
「見たら分かるだろ。グッチャグチャに磨り潰されてミンチになる。あの魔物は人間の口だけで構成されているからね。飲み込まれる事も恐らくは無いだろうさ」
「あの見た目でやはり神魔物という所か。恐ろしい生き物だな」
「全くだよ。いやさ、机で勉強をしている時には恐ろしいなんて微塵も感じないけれど、こうして目の前にすると身の毛がよだつ気分さ」


 何より、とここでイェオリが眉根を寄せた。


「最近のコゼットには神魔物の目撃情報が上がり過ぎている。一つの国に3体も神魔物? 奴等は一カ所に固まらないんだ、何かがおかしいよね」
「ウタカタとプロバカティオか」
「そうだよ」


 アロイスがやや悩ましげな顔をする。ややあって、首を横に振った。


「考えるのは後にしよう。お前と一緒にクエストに来ていたメンバーをまずは回収しなければならない」
「あの、アロイスさん。ストマが出て来るタイミングが分かるんですか? 合流しても、あんな風に現れられたらどうしようも無いんですけど……」


 お荷物代表、という自覚はあったがメイヴィスは堪らず口を挟んだ。さっきはアロイスの機転で即死攻撃を回避出来たが、次も可能かは分からない。ついでに言うなら、メイヴィス自身にはあの攻撃を直感で躱す事など不可能である。
 そしてそれは恐らく学者であるイェオリも同じだ。


「――いや、正直次も絶対に避けられるかと言われれば何とも言えないな。ただ、完全に憶測の話にはなるが……前回、ウタカタ戦の時には紙片を持った人物が近くにいた」
「ああ、例の報告のですか? 今回もいるかもしれない、と?」
「そう考えている。神魔物を自由に出し入れ出来る紙片……それを持った人物を見つけ出せれば、或いはストマそのものを封じられるかもしれない」
「確かに……。現実問題、全員一緒に食べられちゃったら全滅ですもんね。合流も急がなきゃいけないけれど、紙片を持った人物っていうのも捜しておいた方が良いかも……」


 あまりにも情報が少ない。前回の『紙片を持った何者か』も何故そこにいたのかが分からない以上、今回だって確実にいるとは限らない。
 しかし、アロイスの言う通り見つけられれば儲けもの。運が良ければストマ自体を止められる可能性があるのはついでで捜すには良い理由だろう。



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