アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

04.怪我の具合と経過

 ***


 ここ数日で何度も足を運んだギルドの会議室。ほぼ毎日来ているようなものだったのに、何故か酷く久しぶりに訪れたような気がした。
 既にメイヴィスとナターリア以外の面子――騎士組。アロイスにヒルデガルト、ヘルフリートの3名は揃っており、ギルドマスターのオーガストも険しい顔をしている。師匠と話をしていたばかりに出遅れた事は明白だった。


「す、すいません遅くなってしまって」


 部屋の重い空気に気圧されながらも謝罪する。途端、険しい顔付きだったオーガストがいつも通りの元気溌剌とした笑みを浮かべた。


「ああ、気にする事は無い! 随分とすぐにここへ来たが、師匠殿と話は出来たか?」
「バッチリです」
「ならばいい!」


 促されるまま、空いている椅子に座る。再びその場に重苦しい空気が満ちた。全員いる事を確認したオーガストが、先程とは打って変わって重々しく口を開く。


「諸君等に今日集まって貰ったのは他でもない! 先日の神魔物討伐の件についてだ。結果から言えば、2体の神魔物の行方は未だ不明。雨も上がったのでウタカタの被害は抑えられるにせよ、プロバカティオの行方も分からない状態だ!」
「力至らず、申し訳無い」


 ヘルフリートが沈痛な面持ちで項垂れた。メイヴィス自身は重傷を負って途中離脱した為、あの後どうなったのかは分からないがこの様子を見るにクエストは失敗処理されたのだろう。
 というか、不正クエストとして処理されていてもあれだけ何も出来なければ誰でも落ち込むような案件だったが。
 対し、ギルドマスターは首を横に振った。


「気に病まないでくれ。今回はクエストが良く無かった。アロイスからの報告で、ウタカタが消えた場所にいた人影について聞いた。コゼットで頻発している神魔物被害は人災である可能性がある!」
「そもそも神魔物を、人が操る事は可能なのでしょうか?」


 ヒルデガルトが困惑したように肩を揺らす。


「可能性は大いにある! 神魔物も元を正せば人が製作した物に他ならず、それを人間が操れないという道理は無い!」
「そう、ですか……」
「これからについてだが、神魔物の件に関してはどう処理するか決まっていない。依頼先と話し合い、取り下げを希望するがどう転ぶかは保証できん!」
「また、このクエストを我々が引き受ける事になると?」
「ならないように努力しよう! が、必ずしもその努力が報われるとは限らない。私としても、もう降りてしまいたいのだがね」


 こういう場面ではいの一番にアロイスが「了解致しました」と返事をするのだが、今回ばかりは彼も返答をしなかった。それどころか、謎の苦笑すら浮かべている。手に余る、という意思表示だろうか。
 色の良くない空気も織り込み済み。気にする様子も無くオーガストはお開きを宣言した。


「今回伝えるべき事はそれだけだ。時間を取らせてすまない! 無い事を祈るが、また有事の際は同じ面子に声を掛けるかもしれん! すまん!!」


 忙しいのか、マスターは早足で会議室から出て行った。最近いつも以上に忙しそうだ。あまりにも急な招集と解散について行けないメンバーだけが室内に取り残され、微妙な空気が漂っている。
 ややあって、その空気をぶち壊したのはナターリアだった。


「まあ、オーガストさんはああ言ってるけど、もう二度とこのクエストで招集は掛けないと思うなっ!」
「それは何故だろうか?」


 ヘルフリートの問いに、彼女は自らの髪を弄りながら事も無げに告げた。


「ああいう言い方をする時のギルマスは、ちゃんとクエストを突っ返してくるからねっ! 前もそういう事あったし。こんなに規模は大きくなかったけれど」
「こんな事は言いたくないが……その、今回のクエストは国からの要請でギルドに回された案件だろう?」
「関係無いよっ! うちのマスター、変な権限みたいなの持ってるし。何だったっけな、忘れたけど! ほら、メヴィのスポンサーだってうちのマスターと知り合いみたいじゃん?」


 騎士組はギルド歴がメイヴィスやナターリアと比べると浅い。誰も彼も、ギルドに籍を置いて1年未満のある種新人のような立ち位置だからだ。
 彼等は心配しているようだが、実際の所あの言い方だとオーガストは二度と同じクエストを持ってくる事は無いだろう。努力する、という言葉は保険に他ならない。


「うん。私も同じクエストは持って来ないと思います」
「そうか、ならいいんだが……。そうだ、メヴィ。君は怪我をしたとアロイス殿から聞いているが大丈夫だったのか?」


 ヘルフリートの疑問にヒルデガルトも便乗してきた。


「そうですよ。顔も見せずに帰ってしまわれたようだったし、昨日はお休みでいらっしゃらなかったので大怪我をしたのかと思いました」
「えっ? ああいや、別にそうでもない感じだったんだけどなー。な、何か念の為安静って事になって……」
「軽傷であっても、1日の安静を要する怪我だったのでしょう? 大きな病院へきちんと行きましたか? そもそも、誰が貴方に安静を言い渡したのでしょうか?」


 ――マズい、何か凄く追求してくる。
 少し事務的な感じがするので、前職場での怪我人に対する確認事項を無意識に反芻しているのかもしれない。
 下手に病院へ行ったなどと言えば、経過を聞かれかねない。というかそもそも、なんで嘘吐いて誤魔化しているんだっけ? 根本的な所に疑問を抱き始めている。
 が、ここで助けてくれたのはいつもの如くアロイスその人だった。


「メヴィは強く頭を打っていたようだったので、俺が時間待ちの必要な医者ではなく、家にそのまま送り届けた。頭部への衝撃は後々、症状が現れるケースがあるからな。安静を言い渡したのも俺だ」
「そうでしたか。だから昨日、アロイス殿がメヴィの様子を確認しに行ったのですね?」
「そうだな。何事も無いようで何よりだ」
「貴方がそう仰るのであれば、軽傷で済んだようですね。失礼ですが、メヴィはあまり怪我をしないポジションなので……放っておくと危険な傷、損傷があってはと確認させて頂きました」


 ――ありがとう、アロイスさん!!
 メイヴィスは心中で礼を言った。何て滑らかに辻褄を合わせてくれるんだ。



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