アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

01.ナターリアとの戯れ・上

「えぇ、また雨?」


 自宅からギルドへ向かおうとしていたメイヴィスは思わずそう呟いた。というのも、最近の天気はずっと雨、雨、雨。もう5日間は降り続いている。豪雨ではないのだがシトシトとした長雨。気分は最悪である。
 工房籠りでもしようかな、今日の日程を思い描いている内にギルドに到着した。傘を折りたたみ、中へ。


「メヴィ、おはよー」


 いまいち元気の無い声が耳朶を打った。誰なのかは声で分かる。ナターリアだ。


「おはよう、ナターリア。どうしたの? 元気無いね」
「いやさ、この湿気で髪がまとまらなくて。メヴィ、あんたもちょっと髪がボサボサしてるけど。ちゃんと寝癖直してきた?」
「雨だからね。直しはしたけど、意味ないやと思ってもう諦めた」
「そういう所だよ、ホント」


 猫被る事さえ忘れた大型のネコ科はゲンナリと溜息を吐いている。この雨で相当参っているようだ。ライオンとかネコというのは水が基本的に苦手だと聞くし、雨も嫌いなのかもしれない。


「この雨、どのくらい降るのかな? もう既に何日も降ってるみたいだけど」
「今週はずーっと雨だってさ」
「うわ、本当? 工房に籠もろうかなあ。雨の中のクエスト、あまり好きじゃないんだよね」


 えー、と不満そうな声を上げたナターリアが不意に何かを思い付いたようににんまりと笑みを浮かべた。よからぬ事を企んでいる顔だ。


「そうだ、メヴィ。新作武器、作ったんでしょ? どう? 性能は試したのかな?」
「いやまだ。あの後、クエスト行ってないしなあ」
「それ使ってさ、あたしと手合わせしようよ! 身体も動かせるし、室内なら濡れる事も無いし、一石二鳥!!」
「いやいやいや! 私の武器は魔法武器だよ? うっかりナタに被弾したら怪我じゃ済まないって!! 結構強めの魔法組み込んだし、大惨事だよ!」
「メヴィのド下手な狙いであたしに魔法が当たる事なんてそうそう無いから平気平気! よし、じゃあ行こうか!」
「でも――」
「というか、使った事も無い武器をいきなり実戦投入するのも危険じゃない?」


 ――言われてみればそうかもしれない。使った事の無いものを、戦闘慣れしている人達のすぐ側で使っても、いつこの武器を使えばいいのかタイミングを計りかねてしまうだろう。


「確かに、ナターリアの言う通りだよ。よし、折角暇だし、色々やってみる」
「そう来なくちゃ! じゃ、裏行こうか」


 ***


 ギルド裏、と言うのは大きな屋根が付いている屋外の事を差す。雨の日でもイベントを延期しないで良いようにと、マスター・オーガストが1日で作った。本当に彼があまりにも職人技が過ぎる日曜大工を披露したのかは不明だが、とにかく1日で出来上がっていたらしい。これもまた、ギルドの七不思議の一つだ。


 しかし、屋外ではあるので湿気というか水気そのものは排除出来ておらず、人の姿は見当たらない。今日は特に屋外でイベントがある訳でも無いので、用が無い者がここへ来る事はないからだ。
 ――と、ナターリアが照明器具のスイッチを入れる。途端に周囲が真昼並に明るくなった。外は雨が降っていて曇りなので、少しばかり照明が眩しい。


 戻って来たナターリアはギルド裏の広さをしかと確かめているようだ。


「備品、壊さないようにしないとねっ!」
「そうだね。ナターリアは力が強いから、すぐにギルドの物を壊すもんね。今まで幾らくらい弁償したのさ」
「してないよ。個人の物を壊しちゃった時は当然、弁償したけれど。ギルドの物を壊して弁償させられた事は無い」
「えっ、本当?」
「うん。マスターは優しいもん。逆にあたしが怪我をしていないか聞いてくれるくらいだよ。だから、極力物は壊したくない。マスターの優しさに甘えて付け込むような女にはなりたくない」
「そっか。そうだよね……うちのマスター、めちゃくちゃ優しいもんね」


 記憶が正しければオーガストに錬金術が失敗して工房を煤だらけにしても一度たりとも怒られた事は無い。豪快に笑って、しかも事務員に片付けまでお願いしてくれた。彼はギルドのメンバーが挑戦したがる事を決して止めない人だからだ。


「そういえばメヴィ、アロイスはどうしたの?」
「朝から見てないなあ……。基本的に私がどこかへ出掛けない限りはどっちも自由に過ごしているし……」
「そういう感じなんだ。この間、緊急クエストが終わった後にアロイスがメヴィの事捜してたけれど、結局何だったのかな?」
「それは師匠がうちのギルドに来てて、その伝言」
「師匠って錬金術の?」
「そう。私が独り立ちした後は適当に放浪生活を送ってるみたいだね。あまり一カ所に留まらない人だし。今更、何の用事なんだろう? とてもじゃないけど、たまたま寄って顔を見せただけだとは思えないな」
「たまには弟子の顔が見たかったんじゃないの?」
「1回目はそれでも可笑しくないけれど、また訪ねて来るらしいし。用事が無ければ、いないんだそっかー、で終わってる話なんだよねえ」


 彼が持ってくるあれこれに関しては非常に面倒臭いものが大半だ。出来れば会いたく無いが、重大な事情がある場合は何度でもギルドに訪ねて来るだろう。やはり1回は会わなければならない。



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