11.学者への手土産

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「ごめん、ナターリア！　私、工房に籠もってくる!!」


　ギルドへ戻って来た直後、メイヴィスから放たれた言葉は以上である。
　そう言い放たれた言葉を受けたナターリアは友人の悪い癖が始まったとすぐに理解。止めても無駄なのは織り込み済みなので、止める事無くしっしと手を振った。


「はいはい、行ってきなよ！　クエストの完了方向はこっちでしとくからさ」
「ありがとう！」


　手を合わせて礼を言ったメイヴィスが、今度こそ地下の工房目掛けて駆けて行く。えらくやる気のようだし、放っておいてやろう。
　そう考えていると、困惑した様子のヒルデガルトが話し掛けて来た。


「何かとても急いでいるようでしたね」
「新しい錬金術でも思い付いたんじゃない？　未来の偉人サマの邪魔しちゃ悪いし、クエストの報告行こうか。ヒルデ」
「ええ。……あれ？」


　ギルドマスター・オーガストの姿を捜しに行こうとしたところ、不意にヒルデガルトが足を止めた。視線の先を辿る。


「あれ、アロイス。もう帰って来たのかな」
「随分と早かったですね。3日くらい戻らないと聞いていた気がするのですが」


　珍獣のような言われようのアロイスはこちらに気付くと真っ直ぐ向かって来た。しまった、メイヴィスとはついさっき別れたばかりだ。もう少し引き留めておいてやれば良かった。
　まず間違いなくアロイスの目的はメイヴィスだろう、悪い事をしてしまった。どこぞの騎士サマ大好きな錬金術師を思い浮かべ、ナターリアは苦い顔をする。


　案の定、やって来たアロイスは半ば予想通りの言葉を口にした。


「ナターリア、メヴィがどこへ行ったか知らないか？」
「地下の工房に行ったけど……。何か用事？　メヴィの方はとっても忙しそうだったよっ！」
「そうだな。ちょっとした伝言がある。急ぎだ」
「なら、行ってみたらいいんじゃない？」
「そうしよう。悪いな」


　何の謝罪なのかは不明だが、アロイスもまた足早に去って行った。あの様子だと、本当に急ぎの用事があるらしい。メイヴィスにとって残酷な内容でなければ良いが。


　改めてオーガストへクエストの報告へ行こうとしたところ、新しい来客が現れた。


「やあ、僕のクエストはどうなったかな？　君達が帰って来たと聞いたから、記録を受け取りに来たのだけれど」
「イェオリ！」


　魔物学者、イェオリがいつの間にやら立っていた。記録を受け取りに来た、とそう言った彼は明らかにメイヴィスの姿を捜している。


「メヴィから例のブツはちゃんと預かってるよっ！」
「そう、ありがとう」
「はいこれ」


　ナターリアは取り出した小ぶりの水槽をそのままイェオリの渡した。途端、彼の顔がやや歪む。


「記録取って来いってお願いして、現物ままで持ってくるのは君らくらいだよ。本当。まあでも助かった。君等にお願いして良かったよ」
「その水槽を用意したのはメヴィだよっ！　ちゃんと後でお礼を言っておいてねっ！」
「ああ。はいはい。そうだ、折角持って来てくれたんだ。ざっとこの魔物を見た所感を伝えておくよ」


　特に興味は無かったが、ヒルデガルトの方は興味津々だったのでナターリアもまた学者の言葉に耳を傾ける。長ったらしい話は嫌いだ。あまりにも理解出来ないようなら、後で分かる誰かに解説して貰うとしよう。
　そんな獣人の考えを余所に、イェオリは淡々と事実だけを述べた。


「この魔物、恐らく新種ではないね。ベースはエアフィッシュ、この花のようなものはプロパカディオの子だ」
「ああ！　成る程！」


　何かを思い出したかのようにヒルデガルトが手を打った。疑問が氷解したかのように、すっきりとした顔をしている。


「村壊滅の緊急クエストへ行った時に出会った、あの神魔物ですね。通りで、嗅いだ事のある芳香だと」
「君凄いね、動物か何かなのかな？」
「いえ、それはどちらかと言うとナターリアの方で――」
「まあ、何でもいいや。とにかく僕はこの件に関してマスターと話し合う必要がある。お暇させて貰うよ」


　一方的にそう告げたイェオリは足早にその場から去ってしまった。彼も彼でお急ぎのようだ。その背を見送りながらナターリアはポツリと呟く。


「なーんかまたメンドイ厄介事でも始まったかな」