アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

08.火傷

 ***


 地下工房。ユリアナの店よりずっと広い工房に足を踏み入れるとチェスターが無言で明かりを付けた。彼は優雅につかつかと歩いて行き、空いている椅子にどっかりと腰掛け足を組む。


「――ではまず、製作過程について聞こうか」
「うーん、コンセプトとしては召喚獣を小さくして小さなお庭に住ませよう計画なんですよ」
「……そうか、続けろ」


 もう既に何か言いたそうだったチェスターはしかし、言葉を呑込んでくれた。意外と我慢強い人なのかもしれない。


「一応、召喚術について基本的な事は学んで来ました。その上で、どうやら私には術式を作る所までは出来ても、実際の使用は不可能だと分かりました。であればどうするか。使い手は非常に優れた魔道士ですので、術式だけ外部委託の形を取れば良い」
「成る程。では私がその術式を作成する訳か。……まあ、理屈は分かった。だが、それを実現出来るとは私には思えない」
「そこを何とか、お手伝いして頂けませんか?」
「構わん、術式を作る程度であれば特に煩わしいという事でも無い」


 小言はあったが、協力依頼を拒否する事は無かった。やっぱり良い人説あるぞ、この人。態度は結構恐いけど。


「じゃあ私は、お庭を作るのに必要な道具を作成しますから、チェスターさんはこっちの紙に作って下さい」
「小さいな……。ルーペは無いのか?」
「あ、これどうぞ」


 ローブからヌルッとルーペを取り出したら二度見されてしまった。


 それを見なかったことにし、空っぽの錬金釜に液を満たす。鼻歌さえ歌いながらメイヴィスは自分の作業を始めた。


 ちょっとしたトラブルが起こったのは、作業を始めて20分が経過した時だった。
 全ての素材を入れ終え、それが錬成されるのを待っていて、もうそろそろ形が出来ただろうと待機を止めたタイミング。
 進捗状態を確認する為、へらで釜を混ぜた――


「あつっ!」


 釜は透明ではないので、底の方で何が起こっていたのかは分からない。ただ、非常に大きな気泡が何故か出来上がっていたのだろう。それが唐突に液上に浮かんで来て、まるで海坊主か何かみたいだな、と思った刹那にはそれが盛大に破裂した。
 錬金に使う液というのは、冷え切っているか熱湯を越えた温度になっているかのどちらかだ。当然、肌に付着すれば怪我では済まない。
 爆発したそれが腕に掛かった瞬間、メイヴィスは当然のように悲鳴を上げた。


 それまで定規などを使って術式を作っていたチェスターが驚いて立ち上がる。そりゃそうだ。


「どうした!?」
「す、すいません、火傷を……」
「ええい、貧弱な! 貸せ!」


 迅速に腕を掴まれた。師匠が大火傷をしたところを見ている。これはあの大怪我くらいの怪我に違いない、見たら発狂するに決まっている。
 硬く目を瞑っていると、「うわあ……」とチェスターがドン引きする声が聞こえた。


「これは酷い。私が応急処置をする、この場を片付けたら病院にでも行く事だな」
「ううっ……。最近上手く行きすぎていたから、油断してたんでしょうね」


 そうっと目蓋を持ち上げると、身体に良さそうな薄緑色の光が見えた。治癒魔法を使用してくれているのだろう。そういえば、そういったマジック・アイテムを持っていたのにすっかり失念していた。
 そうこうしている内に、じりじりと痛みを伴っていた腕から痛みが和らぎ、やがて消えていった。しかも、意外にも器用に適当な包帯まで巻いてくれる神対応ぶり。出来るダンディな男、チェスター。
 病院へ行けと言われたが、先に作業を終えられそうだ。


「あー、有り難うございますチェスターさん。これ終わったら病院へ行きます」
「ええ……?」


 ***


 程なくしてミニガーデン事《幻想の庭》というマジック・アイテムが作成された。とはいえ、まだ一度も使い心地を試していない。地下に居たのと、メイヴィス自身は1体も召喚獣を有していないからだ。
 仕方無いので、一度外へ出るべくロビーへ向かう。家主に庭を借りて召喚獣を喚び出す許可を取らなければ。


 戻ってみると、最初からいた面子は一歩も動く事無くソファに腰掛けていた。結構時間が経ったと思うのだが、ずっとこの状態だったのだろうか。疑問である。



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