アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

06.夕食は野菜スープで

 こちらが雑魚山賊1人を相手にしている間に、アロイスはきっちりと自分が対峙していた複数の人間を地に転がしていた。何たる早業。山賊を雑魚呼ばわりしてしまったが、メイヴィス自身も雑魚である事が判明したので、苦い気分しか湧き上がって来ない。
 久しぶりに切り傷なんて作ったせいで、涙が出る程に傷がじくじくと痛んでいる。そうか、これが斬られた時の痛みか。


「そんなに手練れだったのか、この山賊……」


 答えが無かったせいで突飛な方向へと思考を転がすアロイス。非常に恥ずかしい限りだが、このまま誤解させておく訳にはいかないとメイヴィスは事の顛末を簡潔に説明した。


「や、この人が強かったんじゃなくて、どちらかと言うと私が弱かったんです。何でか魔石結界が作動していなくて」
「作動していなかった? フルオートだと前に言っていなかったか」
「私もそうだと思ってたんですけど、何か作動して居ないんです」
「今もまだ作動していないのか?」


 小石を拾ったアロイスが投げるような動作を取る。勿論、それをメイヴィスに当てるつもりは無い事など承知の上だ。オッケーです、と頷きを返す。
 ぽーん、とアロイスが軽く石を放った。
 放物線を描いたそれは、間違いなくメイヴィスを護っている結界に当たり、跳ね返って地面に落ちる。問題なく結界が作動しているのを見て、いよいよ騎士サマは険しい顔になった。


「問題は無いように見えるが」
「えーと、何だか……運が悪かったんでしょうか」
「その線も否定出来ないな。今日は怪我ばかりしているだろう、メヴィ」


 ――本当だ……。なんでこんなに運が悪いんだろう。
 ちら、と脳裏にあのアメジストが填め込まれた指輪が過ぎる。まさか、あれのせいだろうか。そんな馬鹿な。


 モヤモヤと思考が落ち着かない。この調子ではまた何かやらかしてしまいそうだ。


「メヴィ」
「あ、はい。何ですか?」
「魔石の回収はこれで終わりか? 丁度、日も暮れてきたし夕食でも摂って帰ろう。今日のお前はあまり派手に動かない方が良い」
「そうですね。さっさとご飯を食べて、寝た方が良いかもしれません」


 正直、夕食を調達するのも億劫だったのでアロイスの提案は助かる。二つ返事でオーケーしたメイヴィスは、先程までの心境と一転。何を食べるのかわくわくと考え始めた。我ながら都合の良い人間だとは思う。


 ***


 「もうこれ以上、面倒臭い連中に絡まれたくはないな」、というアロイスの一言で少し高めの高級レストランに入る事になった。どうしても安い酒屋などは柄の悪い人物が多く居るので、落ち着いた雰囲気の店を選んだ結果こうなったのだろう。
 悪いなと思いつつも、美味しいご飯が食べられる事態に笑みが隠せない。やはり、人間は美味い飯を食べてこそだ、とは誰の言葉だったか。


「アロイスさんは何を頼みますか? 私はこの野菜スープにしますけど」
「小食だな、メヴィ。俺は……ビーフシチューにするか」


 小食だなと言われたが、この店はスープに拘りのある店らしく、とにかくメニュー表がスープ系の食べ物で埋まっている。とはいえ、今日は怪我をしたりそれを治したりと体力を過剰に消費したので柔らかい物が食べたかったというのが事実だ。


 ウェイトレスにオーダーし、料理を待つ。
 何の気なしに店の入り口を見ると、丁度新たな客が入って来た瞬間だった。


「何でしょうか、嫌な予感……」
「奇遇だな。俺もだ」


 不自然に真っ赤な顔。小洒落たレストランに似付かわしくない出で立ち、手に持った酒瓶――明らかに酔っ払い。しかも日が暮れたばかりだと言うのに、既に出来上がっている模様。入る店を間違えたのだろうが、当の酔っ払いはその事実に気付く様子が無い。


 流石にこのレストランに、この酔っ払いの組み合わせは珍しいのだろう。ウェイトレス達も彼の扱いに困っているようだった。中へ通すべきなのか、人を呼んでお引き取り願うべきなのか。
 決め倦ねているようで、なかなかどうすべきか行動を起こせないのが、手に取るように分かる。


「あの、アロイスさん。何だかこっちに向かって来ていませんか?」
「来ているな」


 何故か酔っ払いは吸い寄せられるように、メヴィ達の座る卓へ寄って来た。狙いがある、という訳でもなくただ運悪く、偶然にもこちらへ来てしまったかのような自然さ。
 眉根を寄せたアロイスは、机の下に置いている大剣へ僅かに手を伸ばした。酔っ払いとはいえ一般人なので、どうすべきか迷ってはいるようだが。



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