アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

01.久しぶりの日常

 それは、およそ久方ぶりの「平日」だった。朝からやるべき事も特に無く、更に行くべき場所も無い。まさに平和そのもの、全く特殊な動きをする予定の無い1日。


 メイヴィス・イルドレシアはあまりにも何も無いその日に、呆然と立ち尽くしていた。何せ、今まで数週間忙しく動き回っていたと言うのに急に日常の中へと放り出されたのだ。どうすればいいのか逆に分からない。
 自室で暫し呆然としていたメイヴィスはしかし、次の瞬間には我に返る。確かに特殊な予定は無いにしろ、まだ手を着けていない事はたくさんある。今日はそれを消化する1日に充てるべきだろう。最近は自身のアルケミストという唯一無二の特徴でさえ忘れられている日々だ。ここいらで、錬金術に触っておかなければ。


 数分の間に方向性を取り戻したメイヴィスは、早速ユリアナの手伝いをすべく準備を始めた。そろそろあの温厚な彼女も、「こいつら何しにうちの店来たんだろ?」と思い始める頃に違いない。


 支度を15分程度で終え、アロイスを起こすこと無く店内へ。自分の予定は既に決まっているが、それにアロイスを巻き込むつもりは――


「おはよう、メヴィ」
「うわっ!? お、おはようございます」


 つもりは無かったのだが、アロイス様ご本人がもう店に居た。特に手伝いをしている様子は無く、店のマスコットと化している。ローブを着た魔道士達が目を白黒させながら通り過ぎて行く様を眺めているようだった。
 笑みを浮かべている騎士サマはこちらの驚きを余所に、涼やかに用件を紡ぐ。とはいえ、どこどこへ行きたいという要望では無く、疑問だったが。


「メヴィ、今日は何をして過ごす?」
「えっ、あ、今日は……ユリアナさんのお店の方を手伝おうかと。リクエストボックスから溢れているとの事なので」
「ああ、錬金術の依頼か。分かった。先程、ユリアナが午後から素材集めへ繰り出してはどうかと言っていたが……」
「素材集め、ですか?」
「ああ。魔石狩りのシーズンらしい」


 ――シーズンものなのか、魔石狩り。
 脳内に描いていた今日の日程を早急に繰り上げる。魔石狩りには、正直な所行きたい。であれば、午前の間に目星い作業を終わらせ、午後からアロイスと共に開催地へ赴くのが良い案だろう。


「あ、すいません、アロイスさん。魔石狩り、行きたいです」
「そう言うだろうと思った。俺は午後まで待機していればいいか?」
「すっ、すいません。すぐに終わらせますから、リクエスト」
「いい、気にするな。集中してやって構わないさ。ただ、朝から少し散歩でもしてくる」
「あっはい!」


 出掛ける為に自分が来るのを待っていたのかもしれない。手持ち無沙汰なのかと思われたアロイスは用意されていた椅子から腰を浮かせた。そのまま、適当なコートを羽織って店の外へと出て行く。
 その様子を見送ったメイヴィスは、入れ違いで現れたユリアナの姿を認め、思考を現実へと引き戻した。


「あっ、ユリアナさん。おはようございます」
「おはよう~、メヴィちゃん。え~っと、今日の予定はどうなっているのかしら~」
「朝からは貯まりに貯まってるリクエストを消化しようかと。午後からは魔石狩りに行って来ます」
「あらあら~、分かったわぁ。それじゃあ、ちょ~っと先にやって欲しいリクエストがあるから~、そっちから先にやってもらってい~い?」
「了解です」


 断る理由など無いので二つ返事でオーケーする。リクエスト用紙を持って来ていたユリアナから、素早く注文票を渡された。2枚ある。更に、小さな小さな箱を渡された。普通のギフトボックスのようなもので、突き詰めて言えば素材が紙の箱である。


「2枚目の~、装飾品の解体ってあるでしょぉ? それの~、解体して欲しい指輪が入っているからよろしくね~」
「解体? 変わった事をリクエストしてきますね。うち、錬金術専門なんですけど」
「う~ん、うちでそういう事を頼むと~、費用が嵩むと言ったのにおかしいわねぇ」
「何か事情があるのかもしれないし、見てみます」
「お願いね~」


 他に急ぎのリクエストは無いか聞いたところ、緊急を要するのはこの2つだけだった。
 早く終われば別のリクエストも消化しよう、という心意気で地下の工房へと入る。何となく久しぶりの地下工房はしかし、誰も出入りしていないようで変わった様子は無かった。


 机の上にリクエスト票を置く。独断と偏見で、装飾品の解体では無い方を先に終わらせてしまうことにした。
 内容を読み込み、そして困惑する。


「魔力補助具……」


 ――魔道初心者からのお願いなの?
 魔力補助具と言えば、今のところ明確に用途に合った道具が作れていないのが事実だ。そんなものを発明するのには時間が掛かるし、よしんば発明に成功したとしてとんでもない額の報酬を頂く事になるだろう。
 ちら、と報酬欄を見やる。
 かなり金持ちからの依頼と見た。この世の格差社会について考えさせられるような額に、そっと票を裏返す。報酬が報酬なので、気合いを入れてやるとしよう。



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