アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

09.他人の家で探し物

 ***


 午前2時過ぎ。
 メイヴィスとアロイスは村にある宿の一室にて今か今かと作戦の決行を待っていた。ちなみに、夕食後からこうして待っているのでかれこれ数時間は部屋にすし詰め状態である。なお、アロイスその人は全く現状に何も感じ入ってはいない模様。
 いまいち何を話して良いか分からない空間に、早くもメイヴィスは気疲れを感じていた。いつになったら現状から開放されるのか、彼にはこちらから話し掛けて良いのか、それともいっそ仮眠を取った方が良いのか。


「メヴィ」
「ふわっ!? ななな、何でしょう!?」


 急に響いた低い声に驚いた。いや、同じ部屋に居るのだから声を掛けて来て当然なのだが。
 そんな様子を見て、アロイスは微笑ましそうに眼を細める。


「緊張しているのか? だが、そろそろ出てみるか。ここから見たところ、明かりの着いている家はほとんど無い」
「わ、かりました!」
「まずは村長の家へ行ってみるとしよう。あの大きな家がそうだろう」
「いや、どれですか?」


 窓際に立っていたアロイスはその場から少し横にずれると、手招きした。立ち上がって隣に並ぶと、広がる真っ黒な光景のうち一点を指さす。


「俺の予想ではあれだな」
「へ、へえー……」


 ――暗すぎてよく見えないのですが。
 と、言う度胸は無かった。恐らくアロイスと自分が離れて作業をする事は無いので、もう分かったふりをしておこう。


「檻の鍵を見つけ次第、エジェリーの場所へ戻る。例の空気玉はまだあるな?」
「あります。というか、夜中ですよ。潜れますか?」
「問題無い」


 真っ暗な水に身体を浸すのは憚られたが、仕方ない。非人道的な扱いを受け、今も暗いあの檻に幽閉されているエジェリーを放ってはおけないだろう。


「そういえばアロイスさん、村の人達ってどうやってエジェリーさんの所まで行ってるんでしょうね?」
「言われてみればそうだな。だが、彼等は不死だ。酸素が無くなった程度では死なないのだろうよ」
「それもそうか。文字通り、死ぬ程苦しいと思いますけど……」


 謎と言えば、エジェリーを閉じ込めているあの檻に使われた金属も謎だ。村人の中に、錬金術師でも居るのだろうか。ここで働いていればボロ儲けのような気もするが、人の心を忘れるという代償を払ってまでそんな発明をしたいものなのか疑問である。


 宿は完全に閉まりきり、人が居ないロビーを抜けて外へ。村と言うだけあって人がまるでおらず、村長宅までは誰にも見つかる事無く到着出来た。
 アロイスが言った通り、かなり大きな邸宅だ。金を持ってそうな人間の家そのものである。
 が、ここで一つ問題が浮上した。


「アロイスさん、鍵掛かってますよ。当然ですけど……」


 小さな村では深夜も家に鍵を掛けない家が多くあるらしいが、ともかく村長の家は鍵がしっかりと掛かっていた。中へ入る事は出来ないし、当然玄関のベルを鳴らす訳にもいかない。
 ちら、と彼の顔色を伺うと首を横に振った。


「鍵を壊そう。メヴィ、下がっていてくれ」
「えっ、正気ですか? 音がするんじゃ」
「問題無い。それで出て来るのなら、他の人間を呼ばれる前に縛り上げる」


 ――何て暴力的なのだろうか。
 王属騎士時代の猛々しい性格が全面へ出て来ているようで、メイヴィスは静かに息を呑んだ。エジェリーの手前、下手な加減はしないと決めているようだ。もしかしたら、アロイスは人間的な負の面を嫌うのかもしれない。


 取り留めのない思考に捕らわれていると、アロイスがドアノブに手を掛けた。ゆっくりと周囲を確認し、防犯用の魔法が掛かっていない事を確認。
 そして、次の瞬間、少し助走を付けてドアを蹴破った。盛大な音がしたものの、それは近隣住人が飛び起きて来る程のものではない。というか、家と家の距離があるので聞こえてはいないだろう。


「よし、行こうか」
「今日は何だか荒いですね、アロイスさん」
「事が事だ。時間が惜しいからな」


 まるで自分の家であるかのように無遠慮にアロイスが中へ入る。あまりにも堂々とし過ぎた強盗の姿はいっそ清々しい程だ。
 やや気が滅入ったものの、メイヴィスもその後に続く。
 取り敢えず、今回の相手はちょっと不死程度の人間だ。もし出て来ても対処出来る、と言い聞かせて。


「メヴィ、明かりをくれ」
「あっはい。ところで、どの部屋から探しますか」
「村長の執務室だな」


 明かりの光をかなり押さえて床を照らす。
 あっけらかんと答えた騎士サマに、メイヴィスは疑問顔を向けた。


「え、それはどうしてですか?」
「ああいった手合いは、本当に大事な物を自分がよく使う部屋に保管する。後ろめたい事をする人間は、他人を信用出来ないからだ。つまり、不用意に手伝いの人間などが入ってこない書斎などに大事な物を置く事が多い」
「へぇ、そうなんですね。私も書斎とか、自分の執務室とか憧れます」
「そう良いものじゃないぞ、堅苦しいし」


 口振りと苦々しい口調からして、彼は自身の執務室を持っていた事があるらしい。アロイスの気性には合わなかったようだが。



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