06.勝負の行方

　しかし、ここに来て適当に使用したデバフアイテムの効果が現れた。何せ、アロイスの速度は何一つ変わらず、他2人と比べて頭一つは抜けた動きをしているからだ。


　それでもアロイスの一撃をギリギリで回避したナターリアが人を13人くらい殺していそうな眼で騎士を睨み付ける。現実には皆同じギルドの仲間なのだが、明らかに殺意のようなものが滲んでいるのが見て取れた。


「アンタいの一番に女の子狙って来るとか、最低！」
「はっはっは。今日は随分と攻撃的だな、ナターリア？」
「……。……やだな、模擬戦なんだから煽ってなんぼだよっ！」


　にこやかに笑って見せたナターリアだが、その目はちっとも笑っていなかった。その証拠に、ヘルフリートの存在など忘れたかのようにアロイスへと殴り掛かる。握りしめた拳はかなりの力が篭もっているのがよく分かった。
　いつもならば最速で急所を撃ち抜く拳はしかし、デバフの効果がありありと現れている。低い笑い声を漏らした途中参加者、アロイスは殺人的な威力を持ったその拳を軽やかなステップで受け流した。


　一方で急な混戦に困惑した様子だったヘルフリートは完全に足を止めている。まさか、あの2人がじゃれている間にこちらへ向かって来ないだろうなと危惧していたが、彼の視線は小競り合いをする2人に釘付けだ。
　――どうしよう。一応は私の為に模擬戦を始めてくれている訳だし、ぼけっと見ている訳にはいかないような。


　ちら、と未だに突っ立ったままのヘルフリートに視線を移す。混戦状態のナターリアとアロイスに攻撃を仕掛けると巻き込む恐れがあるが、離れた所に立ったままのヘルフリートにならば攻撃を当てられるのではないだろうか。
　ただ、ここで問題が生じる事になる。
　そういえば、模擬戦開始時、彼はナターリアではなく自分の味方として参戦したのではなかったか。


「ドレディさん、私は一体誰を攻撃すればいいんでしょうか……」
「そうね。私も混乱しているわ。取り敢えず、ナターリアなら貴方が攻撃を仕掛けても不自然ではないわね。手を組むようなやり取りはしていないもの」
「ええ……。じゃあ、ヘルフリートさんにバフアイテムを使うとか？」
「もういっそ、私と組むのはどう？　それなら、醜い小競り合いをしている全員を敵に回せるわよ」
「いやいやいや。後衛職2人で組むなんて、近接戦を仕掛けられて即落ちしますって」


　和やかに会話していると、アロイスの呼ぶ声が耳朶を打った。


「メヴィ、ヘルフリートは手隙だぞ」
「えっ」


　驚きの声を上げたのはヘルフリートその人である。もうこれ、多分自分とアロイスは仲間だ。最初からそうだったに違い無い、うん。
　アロイスに対して寛容過ぎるイエスマン、メイヴィスはその瞬間、今までの迷いを全て忘れて氷魔法を内包したアイテムを今まで仲間だったはずのヘルフリートへ投げつけた。


　しかし、棒立ちしていたとはいえ、ヘルフリートの身体能力は常人のそれを大きく逸脱している。地面と足が氷で接着されるより少し早く、真横に跳んで回避した。
　ははっ、と爽やかな笑顔を受ける騎士が双剣の切っ先を向ける。


「やったな、メヴィ！　俺と君は仲間だったはずだが――」


　そうですね、と同意するより先にアロイスの剣先がヘルフリートの顔面を掠めた。ぎょっとした顔のヘルフリートがメイヴィスから視線を外し、アロイスを見やる。
　ナターリアは変わらず彼を標的としているようだった。実質、三つ巴ではなく2対1と相成っている。しかし、強靱な体力を持っているはずのナターリアには若干の疲労が伺えた。デバフが相当刺さっているようだ。


　不意に観戦に徹していた魔女が囁くように話し掛けてきた。


「2対1ではないわ。貴方が居るでしょう？　ナターリアはもう駄目ね。獣人には魔法が効きやすい、デバフの効果が現れているわ。ヘルフリートは一先ず置いておいて、先に彼女を片付けた方が良いわ」
「あ、確かに。えー、トドメ狩りみたいで気が引けるなあ」
「だから貴方には戦闘が向かないと皆が言うのね。とにかく、今のままではアロイスに負担を掛ける事になるわよ」


　――ごめん、ナターリア！
　心中で謝り、どうせならウィルドレディアに貰った術式を使おうと、魔法を編む。久しぶりにアイテムを介さない魔法を使用したが、発動時間が少しだけ伸びた気がする。具体的に言えば、やや下手クソになった。


　時間を掛けて魔法を展開。その場をヘルフリートに任せつつ、少しだけ身体を休めているナターリアへ向かって魔法を起動させる。
　アイテムと違い、任意の場所に移動出来る術式を標的に足下に設置。
　目を見開いたナターリアが、氷付けにされる前にと引いた足と、地面を同時に凍り付かせた。
　本来の疲労もせず、デバフを掛けられてもいない彼女であったならば、こんな魔法は簡単に回避していただろう。追い込み猟のようで気が引けるが、これでアロイスの負担も減らせるはず――


「いや、あれ最早ガチですよね」


　騎士同士の剣劇は熾烈を極めていた。主に、ヘルフリートが。模擬戦である事を忘れているように、遮二無二アロイスへと斬り掛かっている。
　一方で、アロイスは冷静なものだった。使い慣れていない得物で、その一撃をいなし、受け流している。


「ヘルフリート、彼は事アロイスになると少し感情的ね。何かあるのかしら、あの二人」
「さあ、私は聞いた事、無いですけど」


　話をしている間に、存外あっさりと決着した。勿論、ヘルフリートにもデバフが掛かっているのでアロイスの一撃で持っていた双剣の片方を弾かれてしまったのだ。