アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

12.漠然とした不安

 ***


 2時間後。
 現在、シルベリア王国の国境付近をアロイスと共に彷徨いている。ヴァレンディアに居た時はそうでもなかったのだが、国境に近付いただけでこの冷え込み。流石は大陸における凍土と名高いシルベリアだ。


 ちなみに、フィリップの館でアイテムを揃えておいた。硬い魔物だと聞いていたので、幾つかの魔法炸裂系アイテム。そして、万が一こちらへ突進とかして来た時の為の強力な結界アイテムだ。
 一番はアロイスの邪魔にならない事。付与術式なんかも持って来たのでサポートも出来るはず。


 ――あれ。そういえば……2人だけで魔物の討伐に行くのって、初めてじゃないか?
 いや、確かにそうだ。今までギルドにいた頃は絶対にもう一人か二人か居たはずだ。


「メヴィ?」
「あ、はい。ど、どうしました?」


 ――これ大丈夫か?
 いくらアロイスがアホみたいに強くても、事実上自分はお荷物。今まではそれを数で補ってきた。メイヴィス・イルドレシアというのはただのアイテムボックスだからだ。アイテムボックスは自分で戦ったりなどしない。
 駆け抜ける嫌な予感。それは明確な質量を持っているかのようだ。何か起こるんじゃないのか、良くない事が。


「明かりを付けてくれないか? よく見えない」
「え、はい。とっても明るくしていいですか?」
「ああ」


 光球を打ち上げる。太陽には程遠い、人工的な冷たい光が網膜を焼いた。考え事をしていた為に光り加減をミスしたようだ、かなり目が痛い。それはアロイスも同じだったようだ。目を眇め、打ち上げられた光の球を見ている。


「ご、ごめんなさい。ちょっと明るくし過ぎました」
「それは構わないが、何か考え事か? 問題が起きているのなら早めに言ってくれ」
「いや、別に……何でも無いんです。魔物討伐してたら、ギルドのみんなはどうしているのかな、って、そう思っただけで」


 ふ、とアロイスが笑う。


「元気にしているだろうさ。ずっとヴァレンディアにいる訳でも無い。ギルドへ帰る時に土産でも買って帰ろう」


 そうなんだけど、そうじゃない。
 いやでも、いつだってアロイスがいる時のクエストは成功してきたはずだ。この不安はきっと、恒常的に抱えている臆病な気質の延長上にあるもの。ただのたんなる思い込みだ。
 それより、今やるべき事を遂行しなければ。人数がいないって事はつまり、やらかしたミスを拭ってくれる仲間もいないという事になる。


 獣のような低い呻り声が鼓膜を叩く。恐らく急に出現した光に驚いた魔物が集まって来たのだろう。


「さて、お目当ての魔物はいるかな?」
「い、いなかったら……どうしますか?」
「出て来るまで、出現する魔物を全て処理する。ここ一帯はアトノコンの縄張りだ。俺達が縄張り荒らしをしている以上、直ぐに姿を現すさ」
「そ、そうなんですね」


 結果的に言えば、メイヴィスの心配は杞憂に終わった。姿を現したのはまさにフィリップから教えて貰った通りの姿。そして、コゼット・ギルドに居た時は一度だって見た事の無い魔物だった。


 削りだした水晶のような形をした鉱物を背に負った巨大なウサギ。水晶のような鉱物は形こそそれに似ているが、放つ輝きはパールなどのそれに似ているだろう。それらで全身をコーティングしたウサギは元気に飛び跳ねている。
 間違い無い。コイツがアトノコンだ。見るからに硬そうだし、そもそもアロイスの大剣は刃を通す事が出来るのだろうか。


 覚えた不安が、徐々に徐々に形になっていく。こんな魔物、物理攻撃で討伐出来るものなのだろうか。
 直ぐさま魔石の結界を展開。ローブに手を突っ込み、氷の術式を内包したガラス玉を取り出す。雷、炎系統も持っていたがこれらは火事になりかねないので自重した。


「あ、アロイスさん……、これ……!」
「ああ、見た事の無い魔物だな。速そうだ」


 ――いや、そっちじゃない! 物理攻撃が効かなさそうだって言ってるの!!
 呑気に笑みを浮かべているアロイスの大剣。その切っ先が3体に増えたアトノコンの1体を捕らえた。

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