アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

06.魔女の予言

「ようこそいらっしゃいました」


 村長です! といった風体の老人が村の入り口で待ち構えていた。このアホみたいに寒い中待っていたのだろうかと申し訳無い気持ちになってくるが、流石は寒冷地出身。この寒さを物ともしていないようだった。


「遅くなってすまない。コゼットギルドから来た」


 代表してそう言うアロイスに、出迎えは深く頷く。


「ようこそ、村の村長をやっておる者です。早速ですが、時間があまり無いのです。集会所で話を致しますので、こちらへ。勿論、室内は暖めてありますぞ!」
「あっ、ど、どうも……」


 明らかに震えている自分を指してそう言った村長はメイヴィスと目が合うと、お茶目にウィンクした。何だか憎めない人物である。


 移動先の集会所とやらは村長が言った通り、かなり温めてあった。冷え切っていた身体が芯から温まっていくのを感じる。それと同時に、ナターリアに負ぶって貰ってはいたが群を抜いて体力の無いせいか眠くなってきた。これが野生を忘れた人間の性という奴か。
 転た寝は流石にみっともないので、無理矢理にでも両の目蓋をこじ開ける。眠気と苛烈な争いを繰り広げているうちに、村長が要件を切り出した。


「皆さんはご存知だと思いますが、今回は雪猿の討伐をお願いしたいのです」
「ええ、聞いているわ」
「その雪猿なのですが、昨今、我が村ではお国からの資金援助で開拓が進んでおりまして。発展の妨げになる、逞し過ぎる自然を少しばかり切り崩したのですよ」
「そうね。ここは大自然が過ぎるもの。これも必然と言うものだわ」


 ウィルドレディアが薄く目を細める。人と自然、双方の言い分を寛容に受け止める姿勢。


「しかし、大自然の一部である雪猿は大層ご立腹のようなのです。これまで一度も山から下りて来た事など無かったのに、最近では頻繁に現れ溜め込んでいる食糧を漁るわ、足腰の弱い高齢のご婦人も怪我をなさって放っておけない状況なのです」
「成る程。ともあれ我々はクエストを受けた以上、討伐の依頼を全うする。雪猿はどの時間帯に姿を現す事が多いだろうか? 見ての通り、4人しかいない。1日中見張るのには無理があるぞ」
「日が暮れてからですな。特に逢魔が時、夕方頃に姿を見せます。完全に暗くなってから襲撃された事はほぼありませんが、それでもゼロではないです」
「そうだろうな。雪猿は視覚が発達している。夜より、日が沈みかける時間帯の方が動きやすいのだろう」


 腕を組んだアロイスがちら、と外を見やる。急なスピードアップの賜物か、日が傾くまで僅かな時間がありそうだ。1時間か、1時間半程度の。


「日が暮れるまで地形の確認をしてくる。村長、貴方もずっとここにいる必要は無い」
「う、うむ。そう言うのでしたら、私も帰らせて貰いますが」
「ああ。日が暮れた後は危ないから、戸締まりをして待っていてくれ」


 村長が立ち上がると同時、アロイスも立ち上がった。本当にこの寒い外に出て行くつもりなのだろうか。そしてそれは、同行すべきなのだろうか。迷っているとナターリアは迷い無く立ち上がった。


「あたしは一緒に行くよっ! 4人いるのに、1対3になったら変だもんねっ! メヴィはどうする?」
「いや、私は体力無いから着いて行けないや……」
「そう言うと思った! じゃあ、ドレディさんメヴィの事よろしくっ! 何かあったら……ナタ、怒っちゃうぞ! じゃ! ばい!」


 ナターリアがアロイスの背を追って元気一杯に飛び出して行った。今まで自分を担いでいたとは思えない軽やかさ、そして体力だ。茫然とその背を見送っていると、クスクスとウィルドレディアが笑みを溢した。


「貴方達、相変わらず本当に仲が良いのね。ナターリアも大陸へ連れて行ってあげれば良かったじゃない」
「いやあの、私のお金じゃないんで……。スポンサー様の資金援助なんで……」
「金なんて掃いて捨てる程持っているわよ、彼。庶民の感覚など知らないのだろうし、一度交渉してみたら? 存外上手く行くかもしれないわよ」
「ドレディさん、うちのスポンサーとお知り合いなんですか?」
「いいえ?」


 ところで話は変わるけれど、と魔女は優美に肩に掛かっていた自身の長髪を背へと払う。妖艶な笑みを浮かべた彼女は、忘れていた重要な問題を口にした。


「術式の件よ。貴方すっかり忘れているようだけれど、必要になりそうな――貴方に依頼されていた術式を渡しておくわ。持って行きなさいな」
「あっ! そ、そうか。隣大陸だからドレディさんも当然いないんだ……」
「貴方達、私の事を魔女だ何だと言うけれど如何に神出鬼没とは言え隣の大陸にまでは行けないわ。とはいえ、何度も帰って来るつもりのようだけれど」
「何度も帰ると言うか、マイホームはギルドって感じですから。旅に出るって言うより、旅行へ行くって感じです」
「それはどうかしら。環境は恐らく、今から行く場所の方がずっと良いわ。貴方にとってはね」
「ドレディさん、本当に何でも知ってますね……」
「ええ。知っているついでに、私の術式は他の人に発動して貰いなさい。大丈夫よ、魔法程度なら何でも発動出来る人物が貴方の周囲には現れるわ」


 何でそんな事を知っているのか。それはウィルドレディアに初めて会った時から尽きない疑問であり、そして現在では「そういうものか」と納得した部分でもある。彼女がそう言うのだからそうなのだろう、と。
 綺麗に微笑む魔女は白々しく言葉を紡ぐ。


「メヴィ、楽しめる旅になるわよ。二重の意味でね」



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