アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

04.グレアムへの依頼

 ところで、とウィルドレディアはその美貌に麗しい笑みを浮かべる。


「メヴィ、明日のクエストにはナターリアも誘った方が良いわ。貴方の護衛にね」
「えっ、ほ、ホントですか!?」
「私が嘘なんて吐いた事あったかしら。いい? 事情を説明して、ちゃあんと来て貰うのよ」
「はい」


 彼女がそう言うからには何か危険があるのだろう。魔女は騎士へ意味ありげな笑みを手向けた。


「ごめんなさいね。貴方の事を信用していない訳ではないのよ。ただ、貴方の腕は2本しか無いもの。純粋な手数の問題よ、あまり気にしないで頂戴ね」
「ああいや、別に気にはしていないさ。雪山を登れそうなのもナターリアだな、良い人選だ」
「聞き分けが良い子は好きよ。では、当日はよろしく」


 コツコツ、高いヒールの音を残しウィルドレディアはギルドの奥へと消えて行った。今からオーガストにでも会うのかもしれない。
 一方で、取り残されたアロイスはまんじりと考え事をしているようだった。


「アロイスさん?」
「メヴィ、失礼を承知で訊くが彼女は幾つだろうか。振る舞いと見目が合わない女性だな」
「ああいや、それ、ギルド七不思議です」
「またか。とはいえ、七不思議と言う以上7つは不思議があるという事になるが」
「ドレディさんは私に術式を提供してくれる、ギルド一の魔道士なんですよね。ああいう言い方をされましたけど、実際はかなりお世話になってます」
「ああ。あのミスリル採掘場やプロパガティオの時に使ったアイテムの」
「そう、それです」


 そこまで答えて一抹の不安が脳裏を過ぎった。
 自分は確かに魔道職であるが、複雑な術式を起動させられるような上級魔道士ではない。一般人より多少魔法を扱える程度の腕前だ。
 普段はどこからともなく現れたウィルドレディアがアイテムの開発を手伝ってくれるが、流石の彼女でも隣の大陸にまでドロンと現れてくれる訳では無い。
 であれば、高威力を伴うマジック・アイテムの凄惨は実質不可能だ。どうしたものかなこれは。


「メヴィ!」


 今日はよく名前を呼ばれる日だ。そう思って周囲を見回す。誰だ、みんな知り合いだから誰が呼んだのか分からない。が、アロイスはしっかりと言葉を発した人物に気付いていたようだ。すっと長い指が一点を示す。


「あっ、グレアムさん! 丁度良かった、用事があったんです!」


 シノの彼氏であり、元ファッションデザイナーでもあるグレアム。彼には先日から用事があった。
 優雅に手を振っているグレアムの元へ駆ける。相変わらず何もかもを包み込むような慈愛に満ちた眼差しだ。


「どうかしたの? アタシに用があるって、ギルマスから聞いたわ」
「そうなんですよ、実は凄く急ぎでローブを繕って貰いたくて! すいません、何せ急だったものだから――」


 1週間以内にローブを一着仕上げて欲しいなど、知り合いでなければまず頼めない事案だ。しかし、こちらには時間が無い。という旨を話して頼み込むと、グレアムは意外にも無茶なお願いを快諾した。


「ええ、任せてちょうだい! 例の、烏のローブ。アタシがお裁縫して良いだなんて光栄ね!」
「ええ? いや、そうやってハードルを上げて来るのはちょっと」
「出来次第、あなたかオーガストきゅんに渡しておくわ。報酬は次ギルドへ帰って来た時で良いわよ」
「わー! すいません、本当にすいません」


 謝り倒してただの布であるそれをグレアムに託す。彼はイタズラっぽい笑みを浮かべると確認してきた。


「あなたのローブなのね?」
「あっはい。素材が思いの外余ったので、自分用に」
「そう! 腕によりを掛けて作らなきゃね! すぐに使うんでしょう?」
「……あー、グレアムさんもそういう話題、好きですよねえ」


 若干呆れた声が漏れたものの、やはりファッションデザイナーは可笑しそうに笑うのみだった。断じて言うが、そういう浮かれた気分を吹っ飛ばすような緊張感なのであまり言及しないで欲しい。



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